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予後予測は患者さんの可能性を奪っている

06-04,2012

リハビリの世界には「予後予測」ということをよくする。
もしくはリハビリテーションゴールという言い方をしている。
患者さんの予後(到達できるゴール)を予測して、それにあわせてプラグラムを作っていきましょうという考え方だ。もしくは今の患者さんの状態に対してこのくらいのプログラムをすればこれぐらいの結果がでると予想することだ。

よく考えてみるとこの考え方は相当矛盾している。
根本的な事を忘れている。

「人は未来の事を予測できない」

何を当たりまえの事をいうが、人は未来を予測したい欲望があるみたいだ。

例えば株でもそうだ。
少し詳しい人なら知っているとおもうが、ファンダメンタル分析やテクニカル分析などのあらゆる高度な手法を用いて株の値上がり(あるいは値下がり)を予測する。
それで実際予測できると思っている人は多い。
そういう人がもし予測が外れたらどう思うか?
それは自分の勉強不足だったのだと思うだろう。

だからよりそういった分析手法を極めようとする。
そういう人はいつまでも現実をみれないので、その状態で株で儲けることができる人は少ないと思う。

ほんとにもうけようと思うなら、そういった手法を参考にはしつつ、現実的な状況の変化に適した方法で行動できるここが大切だろう。意外に思うかもしれないが、株は自分自身をしっかり見つめることが大切だという意見はほとんどの人が一致する。それは今の値動きに向き合っている自分自身をおろそかにしないということだろう。

これがまったく同じようにリハビリの世界にある。
色んな手法を使ってましてや株よりもより複雑な人という未来を予測しようとする。
だけど上手くいかないことも多い。そして間違っているのは自分の勉強不足だと思っている。
中にはそれで自信をなくしてしまっている人がいるのは非常にもったいない。


そもそも人が未来の事を予測することはできないのだ。
あなたは自分自身の未来でさえ予測できないのに、他人の未来なんてわからない。
いくら一般論を学んだとしても、目の前にいる人はそれぞれ違う。

大切なのは予測できないことを現実としてとらえ、「今」どうするかという発想だ。
そういう発想を持つことができないと、上手く現実に対応することができない。

例えば、ここまで回復するという予想は、その人の限界を決めることにもなる。
現状の医学では片麻痺とか、パーキンソンとか色々あるが、完全に理解しているわけではない。
わからないものに対してわかったつもりになっているだけだ。

予測するという考えの中に、その人だけの変化としてとらえている人が多い。
パーキンソン病は何年後かには動けないという予測を立てたとする。
実際その通りになった。
だからなんだというのだろう。

予測どおりだからそれでいいのか?
本人はそれで幸せなのか?

もしかしたら自分のアプローチが良いものであるならそうならない可能性だって大いにある。
実際、自分がアプローチすればそうならない、もしくはそれが遅くなる可能性は高くなると思うし自信はある。
パーキンソンを治せはできないが、パーキンソンだとしても上手く動けるよう学習することはできる。
それが機能的にいつまでもある程度筋の柔軟性を保つことができる。
少なくとも圧倒的に普通にアプローチするより変化は期待できる。

ほとんどの人はパーキンソン病の人に筋トレさせて、より体を固くさせている。
ストレッチをして伸張反射を誘発させている。
そんなことをすればより体を固くしている事を助けているだけだ。
より動けなくさせていることを促進させているだけだ。

だけど進行性の疾患で予後はこうなんですよ~と話せばほとんどせめられる事はない。
予後予測はある意味、セラピスト側のいい訳にもなっているんじゃないかと思う。

長々と書いたがまとめて言いたいのは

「予後を予測する行為は患者さんの可能性をつぶしている」

大切なのは予後を予測するのではなく、今の状態をしっかりとらえ「今できること」を精一杯していることではないだろうか。
患者さんの可能性をしっかり「今」みつめていく必要があるのじゃないだろうか。
もちろん進行性の疾患というのも現実だ。だからこそ、しっかり患者さんの今の可能性を見つけてほしいと思う。

※予後予測することは言い換えると目標を固定化しているとも言えます。固定化された目標にとらわれると現実がみえず、目標に振り回されてしまいます。今できることを一生懸命するというのは、常に変化をとらえ、その人にあった方向性を常に確認、修正しながら進めていく過程であると言えます。どんな目標を立てるかよりも、どのような過程で患者さんにかかわったか、そして自分がかかわった結果とどのように向き合っていくかのほうがよほど大切です。よりよいプロセスは自然とよりよい変化を生みます。つまりどんな目標を立てるか(どんな予後予測をたてるか)ばかり見ていてもあまり役には立ちません。どのように関わっていくかというプロセスを質のよいものにすれば、自然とよりよく柔軟に、より患者さんに役にたつものになるでしょう。「目標を立てる」「予後予測をする」という特別な事をしなくても、過程の中で自然に「セラピストの意図」として現れるものです。つまり過程の中で生まれるものですから、目標(意図と言った方が適切)はかかわりの中で生まれ柔軟に変化するということが大切です。目標を固定化して、そこに向かうことは大切な「過程」をおろそかにしています。


リハビリゴールを設定しないならどう関わればいいのか混乱する人もしるかもしれない(正確に言うなら退院という関われる時間内でたどりついたのがゴールだと言ってもいいが、患者さんからするとそれはゴールではなく、新たな生活の始まりでも、そこからの方が挑戦なのだと思う)

大切なのはより患者さんに役にたつかどうかで、リハビリの流れにこだわるかどうかではないからだ。そしてある意味慣れた習慣を変えるには混乱が必要なのだ。混乱しながら新しい考えを試し、理解していくものだ。

予測なんてしなくても患者さんにできるだけ精一杯かかわって、できるだけ機能を上げるお手伝いをして、そして退院日に近づくとき精一杯あがった機能でどう生活していくを考えたほうが、予測して決めただけの状態にあわせるよりよほど現実的だ。

一方的に能力がここまでと他人に判断される態度自体が患者さん受け身にさせている。それよりも患者さんと一緒によりよくなるにはどうしらいいのか考えていく方がよほど、患者さんは自分の体に向き合い元気になる可能性は高いだろう。


人生はリハビリのゴールになったから終了ではない。人生は続いていくし、変化していく。だからこそその時、その時の「今」をとらえよりよく生きていくことを手伝える人が増えれば素敵だと思う。

そんなセラピストが増えないかなあと実は願っている。少なくとも僕の後輩は気づいてきているようだ。

※これはリハビリやケアに関しての意見です。手術などのアプローチには予後を予測する必要はあります。しかし手術が終わった直後から、予後を予測するよりも今の状態を見る方が有効な事が多いと思ってます。
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