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気持ち悪い報道 窮屈さの理由

10-18,2011

テレビで荒川河川敷の迷惑行為をとがめるみたいな内容をみた。
何かしたら危ないと、ことあるごとにルールを作り禁止していた。
それを守らない人がすべて悪いという勝手に押し付ける。
あたかも自分が正義だという認識で。
そんな取材でした。


確かに危ない事はある。
だけど何でも禁止にしたら、歩くのも転倒して他の人にあたるから危険だと
歩くのでさえ禁止にしてもいい理屈と対してかわらない。

取材だって人が固まるから危ないやん。自転車もいきおいがあるから危ないって報道しているのに、その道で注意をそらすような取材をするのはどうなの?

そもそも取材が迷惑行為にならないのか?


なんでもルールを作ればいいんじゃない。
何にしても危険はある。

ルールなんて理由を付ければなんでもできる。
自転車の危険をまったく関係がないのに最近話題のブレーキがない自転車が都会でも話題になっていると意味のわからない報道。ブレーキがないのでなく、後ろにこぐ事でブレーキになるという説明はいっさいないし。(僕は自転車にはどちらにしてもブレーキはつけた方がいいと思っているほうだが、極端すぎる報道。)

そもそもなんのために河川敷があるのか。
もちろんいろんな意味があるだろうが、人が暮らしやすくするために使えばいい。

もちろんルールは必要だ。危険すぎることは控えたほうがいいだろう。バランスをどこでとるかだと思う。
すべて禁止するのではなく、よりみんなが楽しめる基準を考えればいいんじゃないかと。
そのへんはその住人で考えていく必要があるだろう。


気になったのは
危ないから禁止してそれを押し付けることが正義だと思っている気持ち悪さ。

確かに河川敷でゴルフボールを飛ばすことは危ない。
だから言って素振りまで禁止とはやりすぎではないか。

公園や学校で骨折する事例もでているからサッカーをするなという理屈とかわらんように思う。

道を歩いて転倒して亡くなった人が何人もいるから外を歩かないようにという理屈とも同じだ。

程度や頻度や状況や気持ちを配慮しているようでまったく配慮されていない。

そして素振りを人の邪魔にならない場所でやっている人をいかにも
悪だとそこで取材している人。

なぜルールをまず疑わないのか?

自分の価値観で人を悪くみているだけのことに気づいていません。

この人たちと
老人病院とかで患者さんに立ったら転倒すると危ないから、車いすに括り付けるということを正義として主張しているスタッフとおんなじものを感じる。


自分が正しいと思っている人は

間違っている人を簡単に攻める。

マナー、思いやり、常識などを聞こえのよい言葉をたてに。


自分が正しいと思っている人は

平気で他人を傷つける。

自分は正義だから間違っているあなたは傷ついて当然だといっているようにも思える。

だから自分はいいかけげんなんです(笑

こういう報道をみると窮屈さを感じます。
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