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まず人間観を学習する大切さ

04-25,2011

最近色んなセミナーに言って思うことがある。

特に色んなメソッドや概念を自分で作った創始者という人達。

もしくは何かに卓越した人達。

その人達をみているとなぜメソッドや概念ができるのかというのがわかるような気がする。

最近セミナーとかで自分が心の中で良くする問い。

それはこの人はどんな人間観をもっているんだろうとうこと。

実は人間観がわかると何を言いたいのかも結構わかる。


きっとほとんどの人はメソッドや概念が特別なもののように思うのかもしれない。

そういう人の頭の中がどうなっているのか想像もつかないと思うのかもしれない。

だけど根本が違うんだと気づいた。


そういった人はメソッドや概念を最初に作ろうとしたのではないということ。

そういうメソッドは自然な気づきから生まれたもののように思う。


だからその前に大切なことがある。

それは「人をどのような人間観でとらえているのか」

「人とは何かを問う」

ことが大切だと思う。


それはある意味哲学なのかもしれない。

あらゆるメソッドやテクニックや概念は哲学から生まれているように思う。



例えば人は変えられないという人間観を持ってみる。

ではどのように上手く生きるためにどのような方法や考え方がつかえるか。

それをまとめるとメソッドや概念になる。


人は部品の固まりであると考えると

手術方法や、個別の筋力強化などの方法が生まれる。

人を反射の固まりととらえると

反射を抑制する、もしくは反射を促進するような方法をとる。


何が正しいかどうかはここでは置いておくが、

創始者と呼ばれるひとはそのような人間観がしっかりしている。

それがしっかりしているほど、明確なコンセプト、方法が生まれる。


逆にいうとそういう人間観がない限り、メソッドや概念は生まれない。


多くの人はそういった人間観を磨こうとしないままメソッドや概念を作る事を想像します。

だからいわゆる創始者の頭の中が想像もつないと思うのかもしれません。

テクニックがなぜ生まれたかということを考えるから想像もつかないんです。

実は人間てなんなのか?という問いが先なんです。

それば明確になれば自然と答えはでるものです。


別にメソッドや方法を作らなくても、その問いは役に立ちます。

自分の人間観を深めるためにも学習することが大切です。

学習するには自分の興味のある事を学習しようとします。

それは学習する上でも根本になるものです。


解剖とか生理学とか学ぶことも、ケアとか理学療法とか作業療法とか看護学とか
学ぶことは大切ですが

まずどのような人間観があるのかを学ぶことが先です。

言いかえれば人とは何か?これをしっかり学ぶことでよりよい学習ができます。


逆にこのプロセスを行うわない事は

例えば人間はパーツが集まったロボットであり、みんな同じようなものという人間観であれば

ではその「部分」を中心に学習していこうとします。

人間を切っとって部分に学習するでしょう。今の医学のように。



ここで違う人間観を紹介します。

人間はパーツが集まった単なる物体ではなく、お互い関係性をもっている1つのシステムなのだ。そしてそれは1人1人違う。

こういう人間観を持つと単なる部分だけをみようとはしません。

部分どうしのつながりを理解しようとしたり、逆に人間と言う全体をとらえようと学習します。


つまり人間観が変わると学習する内容も大きくかわります。


認知症の人をテーマに学習するということもそうですね。

認知症の病状をなにげに中心に勉強しているのは、病気という部分だけが大きくその人に影響していると無意識的な人間観をもっているからです。

人間という豊かなシステムのなかで認知症というものがどういう関係をしているのかなんて見ないわけです。

だからいつも病気という部分だけしか学習しない。そして迷い込む。

豊かなシステムでとらえるとどうも認知症の病状だけ学んでも解決しない事にも気づきます。そしてより広い視点で物事をとらえようとします。つまり学習の内容が変わります。



人間観を学習するとういことは

自分の方向性を見つめるのに役に立ちます。

それをしないまま、迷い込んでいる人がどれだけいるか。


さいわい僕は昔からそういう人間観に興味を持つ事ができました。

そして人をケアする経験や、老いと向き合ってきたこと、認知症とも向き合って人が生きるということはどういうことか考えたり、またキネステティクス®などから色んな人間観を学習したので、人間観がよりよく深まりつつあります。そして、こうやって今ある僕の人間観にもとづいて文章を創作するわけです。

人間観を学習すればこんな僕でもへんな文章は書けます。

それが創作する人の「タネ」の部分だと思います。

誰もそんな事は言いませんが、実は今、相当よい情報を書いているのかも。と自画自賛したいぐらいいいネタだと思います。


最近はすぐテクニックや方法のみを学ぼうとします。

しかしそれはものすごくもったいないことです。

それはあくまでおまけみたいなものです。


学ぶ実りが多いのは実はその背景にあるバックグラウンドです。

それを学ぶことでより豊かな思考ができたり、クリエイティブになることができるのです。

方法だけ学んでも実は何も学んでないんです。

フェルデンクライスメソッドにしてもキネステティクス®にしても概念や方法だけ学ぶなんてもったいない事はしないほうがいいです。その裏にある人間観を学んでほしいと思います。

学ぶ事は人間観を学ぶこと。

色んな人間観に触れて比較できるように。

この作業をまずしてみましょう。

木を見て森を見ずにならないように。



遠回りのようで一番近道の方法だと思います。

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