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体を使って「新しい自分を発見できる」ということを学ぶ

07-14,2011

■生きているとは考えることではなく感じること
脳の話を少ししたいと思います。脳には可塑性(かそせい)とうものがあり、脳は常に固まらないものだと知られています。常に脳自体が変化しているんです。一度決まったからそれまでではありません。また新たに同じ事を学習し続けることもできるし、違う事を学習することも可能です。それが脳として自然です。脳もまた固定するようにできていないんです。脳とは流動的なものなんです。


なぜ思いこみや想像しているものを自分だと思いこんでいるんでしょうか。いつの間にか想像だけの自分を自分だと思いこんでいるのは何故でしょうか。人は他の生物と比べて格段に賢くなっていると思います。賢くなりすぎた人間は色んな事を想像できるようになりました。そして想像や思いこみまでリアルにとらえることができるのではないかと思います。想像するだけでぞっとする事なんて沢山ありますよね。逆に想像するだけで楽しくなることもあります。自分が梅干しを食べているところを想像するだけでも、よだれがでてきてすっぱい気持ちになりますよね。


その反面、人はほんとに生きている「なま」の部分との区別がつかなくなりつつあるのではないでしょうか。文明が発達し体を動かす事が少なくなった便利な世の中ではなおさら頭を使って想像だけしていればよくなります。だから昔よりも今より多くの人が想像の世界で生きているのかもしれません。それはある意味豊かになったと言えますが、ある意味で失っているものも多いのです。たくさんの人が人間を生物であるというあたりまえの事を忘れてしまっているようになったのではないでしょうか。人も動物だとちゃんと実感している人はどれだけいるでしょうか。人は生き物としての生から離れすぎたため、思いこみの世界を生きてしまうのではないでしょうか。いつの間にかその賢さをうまく使うのではなく、思いこみに振り回されています。


その思い込みは多種多様です。正しさが決まっていると思いこんでいる。どこかに答えが載っていると思いこんでいる。答えが変わらないと思いこんでいる。こうしなければいけないと思いこんでいる。過去があると思いこんでいる。こうあるべきだと思いこんでいる。自分はこうだ思いこんでいる。皆妄想しているんです。そしてその思いこみで自分を苦しめています。思いこみも、やはり賢すぎるあまりリアルにとらえてしまうのです。要は頭でっかちになりすぎているのだと思います。しかしそれが現代の日本の社会の一面ではないでしょうか。


考える能力が必要ではないと言うつもりはありません。考える能力は人として必要です。考える事ができるとのは人としての特徴であるのかもしれません。しかし一方で生物として生きているという事も人として大切な部分です。思いこみから解放するということはもっと生きている、存在しているという生の部分に向けてバランスをとるという事でも言えます。どちらがいいのではなくバランスが大事だと思います。考える能力に振り回されるのではなく生きている事を助けるための考える能力があるのではないでしょうか。


■なにより「学ぶことができる」という事を学んでほしい
これまでも何度か話しましたが、セルフイメージをどう変えるかよりももっと大切な学習があります。自分でセルフイメージを変える事が出来た場合どんなよいセルフイメージであろうが対して重要ではありません。それよりも大切なのはセルフイメージが変えることができると気づく事そのものを学習するほうが大切です。変えることができると学習すればセルフイメージのしがらみから解放され、自分の可能性を信じることができます。セルフイメージを変える事を経験することによって自分の可能性を学習するという事です。自分を信用する事はこのようにして少しづつ作られていきます。すべても思い込みはかえる事ができると気づくことで、思い込みにとらわれず自分でよりよく生きるために使えるようになります。


少しの変化でもかまいません。努力して学習する必要もありません。自分が違いを感じられて楽にできる体験を行う事が大切です。むしろ努力するより楽しみながらしてください。なんども言いますが無理をすれば自分をだますことになりますから。一歩一歩できる範囲で少しづつやっていけばいいんです。ただ机の上だけで学ぶのではなく、自分の体を使って全身で学んでください。全身で学ぶということは、それ自体が体験となり、それこそが学習のためにもっとも効果的な方法です。体を使って学ぶことで、考えることから解放し、全身で感じることが出来ます。そして普段経験のない新しい体験の中で今まで慣れ親しんだ考え方から解放されることで新しい考え方を学ぶことも出来ます。そう新しい体験が新しい考えを学ぶことができます。そして学ぶことや変わることができると学ぶこともその中で同時に起こっているのです。


新しいことをいっても無理をする必要はありません。今できる事をしましょう。普段しないことをほんの少し好奇心をもって一歩を踏めばそれでかまいませんん。今できない事をしようする必要はないです。一気に変わりたいという願望を持つのはわかりますが、僕らは子供のころから少しづつ学習してきてように実際は少しづつしかできません。いきなりジャンプする必要はありません。ジャンプすれば着地の時体を痛めるかもしれません。今できる事を丁寧に一歩一歩楽にすればいいんです。


人は学習します。意識するしないにしろ毎日何もしなくても常に学習していきます。もちろん習慣化された中で学習すればよりその習慣が強化されていくでしょう。ただもし今の生活をより生き生きとしたものに変えたいのであれば、また変化にとんだ世の中を渡り歩いていくなら違う事を体を使って体験して学習することができます。生きている限り体験はつきものですから、思い込みにとらわれずよりよい考え方を自分で選択してください。そしていつもと同じ習慣で行動しているとき、(もちろん満足していればそれでいいのですが、仮にないか変えたい場合)立ち止まってゆっくり丁寧に興味がおもむくように新しい体験をしてみてください。


今まで学校の勉強は人によったら嫌いだったかもしれません。私は好きではありませんでしたし、まともに宿題もしてませんでした。だけど自分のためにする学習っておもしろいですよ。机の上でする必要もありません。楽にやればいいんです。まだ見ない自分を発見することは楽しいことですよ。そして新しい自分を発見した事も大切ですが、自分が発見できるという事を学習してください。繰り返しているうちに新しい自分を発見することがごく自然に出来るようになります。しかしまずは最初の小さな一歩からです。




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