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人は常に環境適応している

12-20,2010

人が、生物が生き生きと過ごすとはどういうことでしょうか。
人が元気になる方法はなんでしょうか。
人だけでなく生物が元気になるためにはどうなればいいのでしょうか。

この状態の時効果があります。とかこの場合にだけ通じるものっているのは僕はあまり信用する事はできません。
だって人はそれぞれ違うのですから。
同じ状態であったとしても人はそれぞれ違います。
つまり同じ一定の方法はないと思います。

しかしです。逆にいえば人全体に通じるものであれば、もっと広く考えると生物全体に通じる考え方があれば、それは使えるものになると思います。考え方が分かれば色んな方法に合わせて上手く使うことができます。

その一番大切な鍵は僕は環境にあると思ってます。
正確にいうとその個体(人も含めた生物)がいかに環境に適応するか。つまり環境適応ができているのか、どうかが生物にとって大変大切な要素であると思います。

人も含め生物は常に環境に適応する事によって生きています。
生きていく上で僕らは環境必要なのです。環境がないと生きていくことはできません。

重力があるからこそ僕らは歩くことができます。でないと体が浮いてまともにコントロールできません。そして体を使い健康に過ごすことができます。
空気があるから肺を使って呼吸することができます。だから僕らは生きています。

そんな事を考えてみた事はあるでしょうか。
僕らは当たり前のものを当然すぎてその大切さを認識できない事が多いように思います。

僕ら人間は当然のように肺を使って呼吸しています。

しかしよく考えてみてください。昔々生物がまだ海にしかいなかった頃肺をもっていませんでした。僕らは陸にあがり呼吸するために肺を作りました。つまり肺を作ることによって陸でも活動できるように環境適応したのです。

陸に上がった生物は海では見る事が出来なかった、まったく新しい世界の中で生活することができたわけです。しかし環境に適応できなかった生物は上手く呼吸することもできず死んでいきました。

生き残れた生物と死んだ生物と違いはなんでしょうか。
やはり環境に適応できたか、できなかったかの違いです。環境に適応できたからこそ、新しい場で生き生きと過ごせることができたのです。逆に環境に適応できない結果、個体が弱り死んでいきました。

酷な話ですが、環境に適応さえできれば生き生きと過ごすことができます。逆に環境に適応できないままだ死ぬ確率が高くなる危険なことなんです。つまり環境に適応さえすれば誰の助けがなくても勝手に生き生きとすることができるし、環境に適応できなければ手をさしてべても元気に過ごすことができないと言う事です。


自分を柔軟に保つことで環境に適応する
僕が今まで書いてきた事は実は環境に柔軟に適応するための方法を書いてきました。自分を固定化することなく、環境によって自分が上手く無理なく変化し、生き生きと過ごせるようになる内容を考え書いています。固定化しないとずっとこのブログ本で言ってきたのは環境は常に一定ではないからです。環境は常に変わりますし予測もつきません。その環境の中で生き生きと過ごすには昔生物は肺を作ったように、僕ら自身が変わっていかなければいけません。環境は完全にコントロールできるものではありません。時にどうしょうもない状況があるのも現実です。だけど自分自身に対しての行動だけは環境よりもコントロールできるのではないでしょうか。

しかしこの変わると言う事に対して無意識的に抵抗をもっている人が少なくありません。何か固定化された自分を自分だと思っているのです。自分はこういう人と決めつけ自分の可能性を限定的にしてしまっていることに気づけていません。またたとえ変わろうと思った人でも、今の自分を変えるとなると今の自分を否定し、そして無理から新しい自分を押し付けます。そんなのしんどいだけですし、実はそれで変わることはできません。

どんなあなたもあなたではありませんか。多くの人は自分で自分を「こういう人だと」決めつけてしまっています。そして自分の足に錠をはめ自分で動けなくしています。また人によって変わろうとして今の自分を痛め傷つけてしまっています。また今の環境に慣れ過ぎているため周囲がいつの間にか変化しているにもかかわらず見ないふりをしている事も少なくありません。

環境は当然変化しているわけですから、ずっと同じ個体でいると当然元気になりません。死ぬとまではいかないにしろいつもしんどそうに、無表情に生きていくしかなくなるわけです。

これから先環境は大きくかわります。むしろ今現在積極的に変わっているでしょう。今世界の変化はとても早い状況にあります。生物が海から陸に上がった時の環境の変化のように、僕ら人間も同じような大きな世界の変化が起こりつつあるように思います。考えてみてください。今あたなが見ているパソコンや携帯電話を15年前にどれほどの人が使っていたでしょうか?30年前になるとどうでしょうか?その時インターネットという言葉なんて存在していたのでしょうか。
世界は確実に僕らの目の見えないところで変わってきているように思います。世界が変わると言う事は環境が変わるということです。

そして忘れてはいけません。私たち自身も常に変化しています。僕らは死ぬ時まで成長し、老います。まったく環境が変わらないということはありえないですが、仮にもしそうだとしても自分自身の変化に適応していく必要があります。それができなければ老いる自分を否定したり、できない事が増える自分を否定してしまいます。柔軟な自分をもつということは自分の老い方、つまり人生をどのように過ごすのかにも大きく影響します。できるできないは「DO」でありますから、そこにこだわる必要はありません。できるできないに意味付けするのは頭の中での価値観ですから。世の中できないほうがいいこともあります。しかし現代社会を生きるうえで僕らはできない事は悪いこと、老いる事についてネガティブなイメージをいつのまにか洗脳されています。だから無理矢理理想の自分を作りあげたり、逆に必要以上にできないと思いこむのです。結果現実の自分とのずれが生じます。それは苦しいです。

このブログ本はそういった人にその変化を受け入れる自分を見つけて欲しいと思って書きました。だけど変わろうなんて思う必要はないんです。無理矢理作り出したいいこちゃんの自分を自分に押しつけるのではありません。そんな事をしても自分の根っこの部分でそれは嘘だとわかっている物です。

僕らがすることはただ自分でつけている錠を外す事です。動けなくしているのをやめればいいんです。もっと正確に言うと自分で自分を動けなくしている事に気づき、そしてやめるという過程をが大切です。そうする事で無理矢理押しつけるのではなく、新しい自分に気づくことが出来る。そしてそれに気づくことができるのは体験です。人に言われたから変わるわけではありません。自分で体験してそして思いこみに気づき、新しい自分を発見することが出来るのです。それは自分や人から無理矢理押しつけられた自分ではなく、発見した自分ですから前から存在していたことになります。それは自然に受け入れることが出来ますよね。というよりももう前から存在していたのですから気づいた時点で受け入れています。だから皆さんにはぜひいつもと違う体験を少なくとも1つ以上はしてほしいと思います。ただ無理やりする必要はありません、自分が楽しいと思えるものでもいいんです。むしろそのほうがいい。

環境に適応できないという事は非常にしんどい事です。生物にとってそれは単純に死を意味することでもありますから当然です。僕は1人でも多くの人が自分を自分を固定するのをやめて自分を自由に生き生きと生活してもらえればうれしいと思います。


だけど必ずしも新しい自分を見つける必要はない
ただ1つだけ注意してください。かならず生物は海から陸へあがる必要はありません。ずっと海の中で暮らすのも1つの方法です。陸へ上がれば沢山得るものはあるかもしれませんし、もっと豊かな生活が送れるかもしれません。しかしそれは個々で自由なんです。海の中がよかったらそれでいいんです。もちろん必ずしも海にいる必要もありません。今海の中で環境適応して過ごしているのに無理に陸にあがる必要ありません。もちろん陸にあがるもの自由です。また陸や海だけじゃなく空という選択肢もある。あなたが思っている世界以外にもこの世には沢山の世界があるかもしれません。

だけどいつまでも海が存在してる保証はありませんし、陸がある保障もありません。だからこそどこに自分がいるにしろ、環境に適応できる能力は大切です。僕はこの能力を自己調整能力と呼んでいます。もしからしたら環境適応能力と呼んでもいいかもしれませんね。そして今までやって話してきたことはこの自己調整能力を高めるための方法だともいえます。

正解はありません。正解は絶えず自分の中にあります。自分で決めたらそれでいいんです。必要もないのに無理して違うステージで生きる必要もありません。もちろんそうしたかったらしてもかまいません。まず大切なのは環境に適応することです。だけど環境に適応する事は大切な事ですが、環境に適応の仕方はそれぞれです。つまり自分には自分の環境の適応する方法を見つけていくしかありません。
逆にいえば自分なりの適応の仕方を自由に見つけていっていいのです。その時自分で思いこみに縛らてたら自由に試せませんよね?

海で苦しそうに生活している生物がいきなり猿みたいに木に登って生活する事はできません。僕らは少しづつ環境に適応していく事はできますが、いきなり大きな変化に適応するようにはできていません。海からではればまず海と陸の間ぐらいで生活し適応していくことから始めていかなければおそらく上手く適応していく事はできないでしょう。だから今の自分にできる事を一歩一歩していけばそれでいいと思います。できる事って案外自分ができないと思っているだけで沢山あると思いますよ。そりゃ文字通り死ぬくらいのリスクで新しい環境で過ごす事もできます。だけどあまりにもリスクが高すぎますし、大切なのは環境に適応している事であって環境に適応しようとしている事ではありません。無理に高みを目指して今の生活を見ていません。少しづつステップを踏んで常に無理ない範囲で環境に適応していけばいいと思います。

まずは違う体験をしていきながら柔軟な自分を見つけてください。そして今の生活に適応していきましょう。余裕があれば少し違う環境に適応してもいいかもしれません。昔々生物が海から始めてでて陸を見た時の感動と同様にそこには見たこともない新しい世界が広がっているかもしれません。そしてその体験自体が新しい自分を見つけるよい循環となります。

僕らは常に小さい環境適応を繰り返し進化しています。少なくとも変化しています。古代から少しづつ小さな環境適応が原子生物から人間に変化したのでしょう。だけど世界には人間だけでなく、魚もいるし牛もいるように様々な生物が色んな選択をしたのでしょう。積極的に進化しようとするもの、進化することなくその場にとどまるもの。何が間違いとかではありません。人に生まれ方ら皆幸せかと言えばほんとのところそんなの決めれません。


やめる事で自然に動き出す。生きている限り動いている。動いているのが自然です。
人は賢くなりすぎました。頭の中での出来事に大きく左右されています。自分の事、過去の事多くのあたりまえに存在してると思っていたことが実は思いこみにしかすぎません。その思いこみが自分で自分を固定ししばりつけています。そうすれば一定の環境の中では動けるかもしれませんが、それ以外で生き残ることはできません。思いこみを辞めるだけで人は様々な行動をすることが楽にできます。

そしてそのためにも今までと違う体験をしてみてださい。
だまされたと思って。きっと面白いですから。

たぶん生き生きとした人との違いはこの行動にあると思います。頭の中で考えただけなのか、それとも行動して自分で感じ行動するのかこの違いがのちに大きな結果になります。

別に難しい事なんて考える必要はありません。しんどくしても何も学習できません。楽しくする事が大切です。

無理にがんばって体を緊張させては動くことができません。試しに力を入れて動いてみてください。それがどんだけ自分を苦しめていることか。そしてどれだけ動きにくくさせていることか。

無理にがんばる必要はありません。無理にがんばって行動しても次につながりませんよね。

ただ自分を縛るのをやめてください。そうすれば自分が思っている以上に楽に行動できまよ。あくまでも楽に行動できるというのは結果にすぎません。ただやめれば自然に体は動きだす。そういう風に人間ってできていると思います。だってあなたは止まることはできないでしょ?じっとしているようでも呼吸はしている。心臓は動いている。それらが止まった時、それは死んだ時だけです。生きている限り動く事は自然な事です。それを制限している事の方が不自然な事です。だから不自然なことをやめれば自然に動きだします。


だからやめるだけでいい。自分の思い込みが自分を縛っているだけだから。もう自分をいじめるのはやめよう。

それだけで自由になれルのです。

縛ってい事をやめれば自由に動きだせる。



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