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ぶらさがって支えてもらうよりも足をつけて支え合うほうが楽です

07-14,2011

■自分にろ他人しろ無理矢理かえることは出来ません
私たちは人を変えることができません。変えら得るのは自分だけです。今までの書いたことでそれがなんとなくわかってきたのではないでしょうか。

自分が人に無理やり変えられる事ができないように相手を無理やり変えることもできません。もちろん自分が苦しくても誰か王子様が来てあなたを無理やりよい方向に変えることはできません。きっと無理やり変えられれば楽かもしれませんが、そう物事は上手くできてません。無理やり変えられる事を自分が許容してしまうと自分の存在自体を否定してしまう事になるのです。

人を変えようとする事自体が暴力なんです。本人はよい行いをして人を変えようとする場合もあるかもしれませんがいい迷惑です。

自分にしろ相手にしろ人を自分以外の人が無理やり変えようとするとどこかおかしな事になります。
多くの場合主体性をなくし、受け身になります。結果依存的になったり、他人の行動によって自分の評価を左右してしまうのでより自分を押し殺し無意識的にもしんどい思いをします。

そして他の人にすべて支えてもらう事を期待してしまいます。自分で支える事はなくぶらさがりの状態になろうとします。他人がする行動を期待してしまう考え方は大きなストレスになります。他人は自分でコントロールできないからです。コントロールできないものに期待するとしんどくなります。もしくは期待どうりに他人が動いたとしても、その行動を得るために自分を犠牲にしてしまいがちです。相手に喜んでほしいから自分を犠牲にするという行動は典型的な例です。自分が期待する他人の行動を優先させて自分をより追いこんでいきます。


■誰もあなたをよくすることは出来ません。できるのはあなただけです。
自分には自分がいる事を忘れないでください。そして一番の自分の味方になってあげてください。

だからこそ足を着くのは自分のためでもあります。しっかり足をついた方が楽に動けます。今まで無理に自分の足で立つ事を怖がっていたのかもしれません。それが今までの思いこみです。自分の足でたたず常に誰かにぶら下がっているのは逆につらいだけです。自分の足で支えるより必死にしがみついてぶらさがるほうがよほどしんどいものです。以外に足をついて歩いてみると楽かもしれませんよ。そういった体験をするのも一つですね。


結局自分を変えられるのは誰でもなく自分だという事に気づいてください。自分の事を助けてあげるのも自分で、自分の価値を決めるのも自分です。


だからと言って孤立しろとかそう言っているのでありません。僕らは周りに支えらて生きているものまた事実です。ただ無理やり変えれる必要はないんです。自分が変わる事を周りに手伝ってもらえればいいんです。逆にいえば相手を無理やり変えるのではなく手伝ってあげればいい。ただ支え合うという事は自分の足は常に地面についています。完全にぶら下がる人を支えることは出来ません。


結局は自分の人生は自分の人生です。自分で足をつき歩いていくしかありません。ただそこで見守ってくれる仲間がいるだけでもっと自分で自分の人生をあるく事ができます。また周りの人が自分に対して変われるきっかけを提供してくれるのかもしれません。いくらいい友達や仲間が見守って支えてくれても歩くのはあなたです。よいきっかけをくれてもそれを生かすのはあなたです。きっかけやサポートをくれた事に感謝しながら歩いていけばいいんです。


人は人の中で生きていくことができます。だけど1人1人が自分の人生を歩いてます。お互い支えあいながらも自分の足で歩きます。自分の足で。それを忘れてしまってはいけません。厳しいようですが、自分の足で歩くほうが楽なんです。そして自分の足で自分を支えてれば他の人を支える事も出来ます。そうやって支え、支えてもらいながら僕らはバランスをとりながらつながってます。そうなればいつまでたっても自分から人が離れません。


1人で無理に生きようとする必要もないし、皆にながされる必要もないんです。ただ自分の足を地面につけてみてくだい。無理せず楽に。そこから始めましょう。






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