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人を自然にほめる考え方

06-29,2011

■上手く人をほめるって難しくないですか?
あなたは人をほめる時どのようにほめるでしょう。ほめることがあれば自然に口からほめ言葉もでる場合もありますが、場合によっては照れてほめることができなかったり。まったくほめるところが見つからず、うそっぽくなったり。人をほめるには色んなほうほうがあります。よくほめるのが苦手という人がいますよね。人をほめて伸ばす事が大事だと言われても、「すごいですね」「かっこいいですね」とか思っていたら素直にいえますけど、どうでもいい事でそんな事言いづらくないですか。

結局人をほめるのにそんな事をする必要はありません。むしろ白々しさが逆効果にもなる可能性もあります。そもそも「人をほめる」とは何をしているのでしょう。人は相手をほめようとするとき、何を意図しているのでしょうか。また少し考えてみてください。どのような状態になればほめたことになるでしょう。


ほめるという行為の根本的にあるのは、人を認めるという事です。要は「あいて」という存在を認めればそれでいいんです。おっこれはちょっと何かに似ていないですか。そうです。挨拶なんです。ほめるも挨拶も実は同じ意図をもっているのです。ちょっと注目してたわいもない話を話しかけるとか、そういう事でも充分相手の存在を認めていることになります。相談するのも相手を認めることにもなりますし、逆に一緒にして楽しくするだけでも相手の存在を認めることになるでしょう。そういった行動は無意識的に相手をほめているのです。もちろん最終的には相手が意味を判断するので、ほめたつもりでも、相手を怒らすこともあります。それは何も通常のほめると同じですね。

ほめるという行為には無意識のメッセージが入ってます。話しかけると言う事は挨拶と同じで相手の存在を積極的に認めていることになります。挨拶の代りに話しかけてもいいのです。相談するとい事はあなたは相談できる人ですというメッセージを、楽しくするという事はあなたは楽しい人ですというメッセージを無意識に相手に伝えています。小手先のテクニックなんてものはいらないのです。ただただ自分が楽しく過ごせば、ただ自分が周囲の事を好きになれば相手を認める行動は自然とおきます。そうすれば自分も無意識的にメッセージを送ることになります。それが自然とほめるとうことになります。

もちろん無理やり人の事を好きになる必要もありません。そして自分が楽しく過ごしても相手が「必ず」楽しくなるというものでもありません。結局メッセージは受け取り手である本人自身の中で解釈されるものです。だからいくらこちらが楽しくしてもすべての人が同じように楽しくなるわけではありません。厳密に言えば自分が楽しく過ごせば周囲も楽しくなる可能性が高くなるという事です。

 恥ずかしかったり、自分に自信が持てなくて相手に話しかけれれないという時はあると思います。というか私もそうです。だからこそいろいろと考えてみるわけです。困らなかったらこんなことは考えません。上手く相手をほめることが難しいとおもったとき、、この話を少し思いだして勇気ある一歩を歩んでほしいと思います。特に嫌いな相手ではなければお互い存在に気が付いたら最低限挨拶だけはした方がいいかもしれませんね。それがお互いをほめている事になるのですから。もちろんそれも自由です。あなたが今書いた内容を知った上で何をよりよく生きるために選択するかが大切です。






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COMMENT

おねえです!
このブログ本が本になったら買いたいです!
いつも そっかー・・と思い改めさせられます!予約しまーす!(笑)
2011/07/01(金) 07:20:05 |URL|citacita #- [EDIT]
ありがとうございます。
いつかそんな日が来ることを目指してぼちぼち書いていきます。
また協力お願いしますねー。
2011/07/01(金) 23:16:17 |URL|susumuLC #- [EDIT]

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