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受け止め方でメッセージは変わる

06-25,2011

■同じメッセージでも受け止め方しだいで大きく変わります
私たちは生きていれば何らかのメッセージを周囲に伝えているわけです。またなんらかのメッセージの影響も受けています。そのメッセージ(情報)を最終的に判断するのは受ける人によります。つまりメッセージの内容がどのように判断されるかは相手次第だという事です。これは無意識のメッセージだけでなく、意識されたメッセージでも同じです。どのようなメッセージであっても受け手が最終的に判断します。


 例えば公園のベンチ座っている女性に接近して男性が隣に座るとします。それが福山雅治が隣に座っているのと、よくわからないおっさんが隣に座っているのでは受けとる情報はまったく違うと思います。福山雅治のファンなら気分が上がりますけど、よくわからないおっさんが隣に座るとちょっとどうしていいかわからず焦ります。しかしです。逆に福山勝治が好きでなないのであれば、反応は全く違うでしょう。これはあたりまえのような事を言っていますが、重要です。つまり受けとる人(ここではベンチに座っている女性)によって同じ情報でも受け止め方によって内容は違うということです。このように受け手がどのようにとらえるかによって、どのような内容の情報であったか、意味はなんだったのか、つまりメッセージの内容が決まります。


 また別のベンチに座っている女性の隣に福山勝治が座ったとします。福山だとテンションが上がるかもしれませんが、おっさんだとちょっとその場から離れるかもしれません。そういった行動がある程度予測はできますよね。しかし完全には予測することはできません。福山雅治は有名人で女性ファンが多いから喜ばれる可能性は高いですが、絶対喜ばれると限りません。ひょっとすれば福山の事が嫌いかもしれませんし、本人はまったく興味がないこともあります。喜ぶ可能性は高いかもしれないが、絶対そうなるとは限りません。これはコミュニケーションのすべてが同じです。隣に座る人が彼氏や友達だという場合と、まったく知らない人がとなりに座るでは当然反応は違うわけです。だからといってその友達や彼氏が別の場所で違う人の隣に座れば、その人は知らないわけですから、また違った反応になるでしょう。結局は最終的には受け止め手のとらえ方次第なのです。つまりメッセージは相手次第なので、完全に出したメッセージを思ったとおり伝えることはできませんし、同じ内容が頭にはいったかなんてきっちり確認することはできないことです。ただ相手の受け止め方を予測してメッセージを送り、その反応を見ることはできます。その反応をみて理解していると想像することはできます。そしてその反応を自分の受け止め方で判断し、また相手の状態を予測しながらメッセージをなげかける。このやりとりが実はコミュニケーションなんです。つまり完全に相手のことはわからないということです。あくまでも予測したり、想像しているだけなのです。



■誰も相手に直接伝えることはできない
自分と相手の関係において相手の反応をみながら自分のメッセージを変えることはできますが、相手の反応を直接変えることはできません。あくまでも自分が変わった反応として間接的に相手の変化があります。つまり自分は自分の行動しか変えることができないし、それと同様相手は相手の行動しか変えることができません。コントロールできるのは実は自分だけです。後は人それぞれに反応していくだけです。自分が変われば間接的に人は変わりますが、自分が変わらないまま直接相手を変えることはできません。自分が変わった結果、相手は反応して変わっているだけです。その反応は自分がコントロールできるものではありません。できるのはその反応をとらえて、また自分の行動を調整していくしかありません。そうすることで相手は少しずつ間接的に反応を変えることができます。また最終的に相手の行動は相手が決めるものですから、いくら自分の行動を調整していも、相手を完全にコントロールすることはできません。つまりこちらの望む変化を相手に強要できるものではありません。例えば強要する事によって明らかに意図していた情報以外が無意識のメッセージとして伝わりそれが人を受け身にします。自分の事を好きにさせたいと思って相手に好きでいろと言っても好きになるものではありませんよね。また無理やり人を働かそうとしても相手には無理やり働かされた、物みたいな扱いをされたという無意識なメッセージしか入ってきません。それでは人はしっかり働くどころか言われた事しかしないようになります。肝心なのは相手にいかに好きだと思ってもらうか。どうすれば働きたいと自分で思ってもらえるかです。そのためのきっかけをどのように提供するかが大切ですが、あくまでも最終的な結論は本人にあります。また本の後半に詳しく書きますが人を変えることなんていうのはできないのです。できるのはきっかけを提供することだけです。そして待つことです。



■自分でさえも直接伝えることはできない
 自分に視点を向けてみましょう。メッセージを出した相手だけではなく、自分のメッセージの受け止め方はどうでしょうか。最終的にメッセージは受け止め手が判断するものですから、自分へのメッセージも自分の受け止め方しだいで変わるという事です。ベンチに座っている反応をどのように受け止めるかは今度は自分次第です。日常の生活では絶えず意識、無意識かかわらずいろんな情報やメッセージが自分に影響していますが、最終的に受け止め手が判断するのですから、その情報が福山雅治にもなり、木村拓哉にもなるか、韓流スターにもなるか、もしくは嫌いなタレントになるかはあなた次第です。また今起こっていることを判断しているのも自分自身です。誰かと行動したとき、相手の行動を自分のフィルターを通して解釈するわけです。つまりデートをしたりして、相手が喜んでないのは自分に興味がないんじゃないかという判断もできるし、あまり喜んでないは緊張しているだけだとか、同じ情報でも自分自身の受け止め方しだいでまったく逆のとらえかたにもなります。もちろん情報をうまく適切に判断できれば、よりよいコミュニケーションが相手とできるわけです。


受け止め方で物事は変わると書きましたが、ここで大きな落とし穴があります。受け止め方が変われば物事が変わるなら、受け止め方を変えましょうという発想です。よく言われるポジティブシンキングや前向きに物事をとらえましょう。なんてもものはこの筆頭でしょう。物事をポジティブに、前向きにとはよく言われますし、いろんな本にも書いてありますけどね。ここではっきり言いましょう。それは無理なんです。正確に言うと無理を生じます。そりゃあポジティブにとらえる事ができたらそれはそれでいいと思いますが、落とし穴にはまった考え方です。多くの人がこの落とし穴にはまっているわけです。ポジティブや前向きがいけないわけではなく、やり方がまずいのです。何が無理があるのか。受け止め方は思い通りにコントロールできないということです。例えばおっさんを木村拓哉だと思えといわれたらあなたは思うことができるでしょうか。できないですいよね。だって目の前のおっさんは木村拓哉じゃないのですから。あたりまえのことです。しかしそのあたり前のことをポジティブやら前向きやらを自分の物事に対してやっているわけです。無理におっさんを木村拓哉だと思って行動したらしんどいのあたりですよね。自分をだましているだけです。仮におっさんを木村拓哉だといきなり信じ込むことができるのは、催眠や妄想の世界です。周りにどうみてもおっさんを木村拓哉だと思って接している人をみれば、大丈夫かなと思うでしょう。しかし同じことを物事や仕事にすると、なぜかみなさん本を読んだりしながら、木村拓哉だと思い込もうとする。私も昔はそうだったので人の事はいえませんが、やっぱりみなさん大丈夫ですかってなります。正論やポジティブ、前向きという聞こえのよい言葉を言われてしまうと無理もありません。自分でそんなに自分を苦しませないでいいですよといいたくなります。受け止め方というのはたとえ自分であってもコントロールできるものではありません。


■自分の行動を変えることで無意識のメッセージを変えることができる。
ではどうすればいいのか。唯一メッセージのやり取りでコントロールできるのは、メッセージの送信だけです。送信するとことに関しては完全にはできませんが、ある程度コントロールしています。私たちは生きていることでいろんなメッセージを出しています。もちろん行動することや、態度なんかもにもたくさんの無意識のメッセージをだすことができます。つまり行動やふるまいを変えることでメッセージを変えることができます。本を読んで人生観が変わったという人もいますが、細かく分析すると、本を読んだことををきっかけに行動したのです。きっかけをもとに自分の行動や体験をすることで結果自分自身のメッセージの受け止め方が変わるわけです。逆に言うと本を読んだだけでは何も変わらないということです。行動して、情報の発信の仕方や内容を変えるからこそ、自分に変化を与え、また間接的に周囲も変化していくのです。

自分のメッセージが変われば、間接的に自分に影響を与え自分の受け止め方を変えることができます。それは自分の行動を変えてみた結果変わるだけで、直接は変えられなのです。行動をかえ、自分のメッセージが変わると、結果的に受け止め方は変える事ができます。おっさんも、一緒に行動してみることによって実はすごい人だったり、人間的に尊敬できたりすれば、結果木村拓哉とは言わないまでも、印象をガラッとかえることができるのです。いきなり木村拓哉だと思うことはできませんが、自分のかかわり方という情報の送信の仕方をかえれば、相手の印象はかわります。もちろん逆にそのおっさんが実はもっと嫌なやつだったという認識にかわるかもしれません。その時はまたかかわり方をかえればいいのです。そうかといっていくらかかわり方を変えても嫌なものは嫌な場合もあります。さっき書いたことと同じですね。受け止め方をコントロールすることはできないのです。このおっさんが実は自分なのです。おっさんを自分に置き換えて考えてもいいのです。本質的に他人を判断するときも、自分を判断するときも同じです。自分に対して自分がどのようなふるまいやかかわり方をするかによって自分に対する受け止めた方ががかわります。完全に受け止め方をコントロールすることは自分であっても他人であってもできないのです。自分でコントロールできるのは自分の送信の仕方、つまり行動やふるまいだけです。そして、自分が変わることも、行動や振る舞いの中できっかけ提供してあげるだけです。あとは待つことだけです。一緒でしょ。


■相手の立場にたって考えることの大切さ
相手がどのように判断しているのか完全に解る事は困難ですが、自分の体験から相手の状況を共感し理解することはできます。人は自分の体験から相手の状況を予測し判断しています。例えば1人になった時寂しいと思う体験をすると、同じように1人になっている人を見て、この人は寂しいのかな?と予測する事ができます。僕らは生まれた時から様々な状況を体験する事によって相手の様子を予測することができるようになっています。それがコミュニケーションをする上で大切な基盤になっています。人が同じような状況の人に深い共感を抱くのはこのためでしょう。それでもあくまでも予測であり、常にそれは修正していく必要があります。しかし予測するというのは一見あいまいなようにも思えますが、予測できるからこそ人をおもんばかり共感し大切にする事ができます。だからこそいろんな体験をしている人は魅力的なのかもしれませんね。完全に相手の理解をしている事を知ることはできません。あくまでも相手の体験は相手が感じるものだからです。その感じ方は様々なので僕らは常に自分の体験から予測や想像していくしかないのです。そしてそれは自分にも当てはまるのです。



■メッセージを受けて自分の価値観を作っている。
 自分が出した無意識なメッセージ(情報)は相手だけではなく自分も含まれます。自分がだす無意識のメッセージを自分自身が受け止め自分が他人を判断するのと同じように自分自身も判断していることを見てきました。自分の考え方や価値観はどうでしょうか。自分に対して自分はどのような価値をもっているのでしょうか。例えば楽しそうな人を見れば「この人は楽しい人なんだ」と判断すると思います。それと同じように自分が楽しく過ごしていると自分で自分の事を「楽しい人なんだ」と思えるようになります。さらっと書いてますが意外にに重要です。自分自身でメッセージを自分で自分に送信しても、受けては自分自身なのですが、やはりそのメッセージをもとに自分は楽しいやついだという判断をします。もちろん受け止め方で変わりますが、なんらかの判断をして価値をみつけるわけです。自分のことでさえ自分のメッセージをもとに、自分を想像し作り上げています。自分も結局いろいろなメッセージから自分を「判断」しているのです。人はいろんな体験をするなかでさまざまなメッセージを発信し、また同様にさまざまなメッセージを受け取っています。そこには他人からもありますが、自分自身からのメッセージも含まれます。その繰り返しのなかで自分を想像しているのです。その結果が今のあなたです。今までどのような体験をどのようなメッセージを受け、また発信し、自分を判断してきたでしょうか?

 人は物事を判断する基準としてその人なりの価値観をもっています。嵐がかっこいいという価値観をもっているからかっこいいと思えます。人によってはワイルドなケンコバ(お笑い芸人です)のほうがいいかもしれません。まった違う文化の中で育った人が福山雅治をみてかっこいいと思えないのは価値観が違うからです。

 同じように自分自身に対しても自分が出す無意識のメッセージ(つまり自分で自分に出している情報)を自分の今ある価値観で判断します。そして自分自身もその情報に反応し自分自身を変化させていきます。例えば自分はダメなんだという価値観や、失敗したらダメになるという価値観をもっているとします。すると自分が失敗した時「より自分はダメなやつだ」と判断します。しかし自分はイケている。かっこいいと思っていると同じ失敗したものごとでも「失敗したからってたいしたことない」と判断します。

 自分の事ではなくても他人の場合でも同様です。相手の人をダメなんだと思っていると少し失敗したらやっぱりあいつはダメだと判断します。そして責めるかもしれません。逆に相手がすごそうな人だと少し失敗してもそこまで気にとめません。やはり自分と他人のとらえかたって実はまったく同じなんですね。ちょっと意外でしょ。ただ1つだけ大きく違うことがあります。それは自分で自分の出す情報のコントロールはできます。意識することで自分の出すメッセージのコントロールはできます。しかし他人の出す情報のコントロールはできません。そこは大きな違いです。 もちろんその価値観は無理やり変えることはできません。体験の中で作られるものです。無理やり思い込むことはできません。






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COMMENT

このコメントは管理人のみ閲覧できます
2011/06/19(日) 21:47:10 || # [EDIT]
またほめてもらってありがとうございます。
新しく何かをするのではなく、なんでもいいので
自分が必要ではないことをやめてみるというのも一つかも。
そうすれば少し楽になるかもです。
ブログ見ましたよー。
ブックマークしときますね。

2011/06/20(月) 12:56:24 |URL|susumuLC #- [EDIT]
ありがとう!
いつもドンピシャのブログ内容!!
元気を貰ってますよー!
また寄らせて貰います!!

床からですもんね!?
2011/06/23(木) 10:14:05 |URL|citacita #- [EDIT]
こちらこそありがとうございます。
元気がでれば僕も書いたかいもありますよ。

床から?ってどういう意味ですか??
2011/06/23(木) 17:56:58 |URL|susumuLC #- [EDIT]
床から立ち上がる所まで
この間のキネステで学びました。
気持ちも床から立ち上がれるかな?って
そんな思いでコメントしました!(笑)
2011/07/02(土) 17:48:14 |URL|citacita #- [EDIT]
なるほど!そういう意味ですかー。
床から立ち上がるのに大変なイメージがありますが、
やり方を変えれば以外に楽ですね。
今までの習慣と違うやり方をすれば
意外に楽に立ち上がれるかもしれませんねー。
2011/07/03(日) 00:43:14 |URL|susumuLC #- [EDIT]

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