スポンサーサイト

-----,--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

生活モデルやICFで誤解されがちなもの。

08-13,2010

 今回は少し専門的な話。リハビリの職種の人とかかわって思う話です。リハビリの人はかなりの割合で生活モデルやICFとらえ方がヘンな場合があります。僕も完全にわかっているわけではないのですが、かなり矛盾を感じる事が多いです。
 現場でも医学モデルに引きずられて生活モデルが結局、医学モデルの少し変わったものとしてとらえられがちです。だから多くの場合生活モデルについてしっかり考えることなしになんとなく医学モデルを中心にした生活援助が行われているように思います。
 講演を聴いても生活モデルではなく、医学モデルではないか。と思うことがたくさんあります。医学モデルが悪いと言っているわけではないです。どっちがいいか悪いかなんて事を言うつもりはありません。大事にはのはその人にあっているかどうかです。医学モデルが必要な時もあります。よく言われてますが、手術中であれば医学モデルのほうがありがたい場合だってあるかもしれません。急性期の場合だって医学モデルのほうがあう場合も少なくないと思います。僕らが病院に行く時だって医学モデルで問題点を見つけてもらって薬で治療してもらっています。
だからどちらがいいか、わるいかではないんです。ただ自分がどういうポジションでケアなり、リハビリなり医療なりを提供しているということが曖昧になっていて結局なにがしたいのかよくわからん状態になっているような状態になっている事が多いように感じてます。


医学モデルから生活モデルのアプローチへと最近よく言われています。同時に人のとらえ方もICIDFからICFへ変わっていってます。名前は変わってますし、図も以前のICIDHに付け足したようなものですが、中身は非常に大きく変わっているんです。人のとらえ方が違えばすべてが変わります。僕らのあり方さえも違ってきます。その辺もっちょつめて考えていきます。
 くわしくは長くなるので書けませんが、医学モデルは問題点抽出→そこにアプローチと言う流れで、生活モデルはありのまま状態を把握→目標を立てる→課題分析という流れになります。とらえ方が変わればまったくちがいます。
(生活モデルは生活の質を上げる事を目的にした援助、ICFは人を全体的にとらえる考え方です。ICFでその人となりをとらえて生活モデルの考え方で援助するというのが一般的だと思います。)


とりあえずあの図(ICFの)を思い浮かべながら読んでください。
参考サイト ICFってなんだろう PDF
これを参考にしてもらったら少しわかりやすくなるかもしれません。


よく誤解されがちなものを書いてみました。



1、ICIDHからICFになり図の中にある矢印が一方通行から相互方向に変わったのはかなり重要なことです。
矢印が相互方向なので互いに影響している事を表しています。図はすべてに対して相互方向なので1つの要素が変わればすべての要素が変わるという事です。つまり互いにすべてが関連している事を意味しています。関連付けができないと生活モデルの概念を使えていないことになります。そうでなければ単なる活動・参加・心身機能・環境・個人に分けて満足してしまっています。
 大切なのはそれらが関連している事です。たとえ関連づけをしても一方向の関連づけで終わっている場合も少なくありません。もしくはすごく範囲が狭い関連づけになってしまっている。相互に関連づけながら「流れ」をとらえる事が生活モデルの概念として大切な事です。この流れの中でどう各要素が影響しあっているかを考えます。個々の要素だけではとらえない事は大切です。


2,環境因子があるという事は状況によってまったく変わるということです。
環境因子があるという事は、人は状況によって変化するし、今と明日、もしくは一時間後では違うということです。つまり人を固定的にとらえないということになります。環境というとただ物的なものを環境だととらえたりしがちです。環境を幅広くとらえ、その環境と個体がいかに適応するかとう視点でとらえていく事が重要です。個人をとらえるばかりで環境はおまけになっている場合が多いと思います。評価テストを使ってもそこに観察者の影響、状況を含んでとらえることができていません。また意欲がないという事は環境と個人の相互作用の結果であって、個人に一方的に原因があるわけではありません。僕らのかかわりがその状態にさせた要因もあります。
もちろんその一部は個人の特性にあるが必ず環境にも要因があります。死にたいと言えばそういう状況にあるということです。ご飯たべたくないと言えばご飯が食べたくない状況や、そういう認識に環境側が影響を与えているといこと。人がどう思えるかも半分は環境に原因があるんだと思ってもらってもいいと思います。死にたいと・ご飯食べたくない・本人が言っているのだからはいそうですか。じゃありません。
 色んな要因が関連付けられるなかで生きていてもしかたがないという自己認識に変わっているわけです。そういった存在に周りがしています。無意識的なフィードバックを与えているという事です。
 つきつめていくとICFは「人」と「環境」という項目だけでもいいんじゃないかと思えるぐらい環境は大切だと思います。


3、個人因子があるという事は質をしっかり見るといことです。
 個人因子があるという事は単にその人に趣味・趣向うんぬんじゃなく、すべての事がその人の気分や気持ちや・思いによって変化するということです。やはり環境因子と一緒で人を固定化してとらえてはいけないという事でもあると思います。
 同じ事をしても状況や気分によってその内容が違います。何がよくて何がいけないのかなんてすぐに変わります。なので量だけでは見る事ができません。つまり質的な部分を把握しなければいけないということです。多くの場合量の把握(どれくらいできるか、もしくは何点なのか)でしか判断できていません。自立していたら満点ってちょっとおかしいと思います。自立していてもそれが無理やしさせられている場合もあるし、苦しみながら行っている場合もあります。一部介助でも気持ちよく行えている一部介助もあるし、無理やし動かされている一部介助だってあるわけです。食事でも1人で誰とも話すことなく行う食事は寂しいものです。もちろん時に1人で食べてもいいし、ずっと誰かと食べなければいけないわけではありません。しかし1人で食べることができるからといって満点とされてしまうのは、あまりにも単純に生活をとらえてしまっています。
そうはいっても皆しつを見なく量だけで判断してしまいがちです。同じ点数になってそれですべて判断されるか、もしくは少ししか考慮されていない場合が多いです。質は量の中でしか生まれませんが、質は量と同じぐらい、もしくはそれ以上に大切なものだと思います。多くのリハビリ職は質というものを考慮にいれてません。
 その注目されてない質も全体に関連しているので、当然健康や心身機能にも影響があるということです。それなのにあきらかに質的部分が軽視されていること多いです。例えばおいしく食べる事がただ栄養をとることだけになっていたり、風呂に気持ちよく入る事が単なる清潔保持、リハビリだって意味もわからずさせれている場合も沢山あります。(無理やりしたらそれはたんなるいじめです。)ただ栄養をとって清潔を保ち動く、そんな人間観では元気にならないように思います。人は食事も入浴もそこに楽しみや笑顔があってこそ元気になるのだと思います。


4、僕らはあくまでも環境です。自分の在り方が相手に影響を与えてます。プラスやマイナスをこちらで決めないでください。
僕らは人を援助する上で無意識的に自分の価値観を人に押し付けてしまっています。自分の質は自分の中にしかありません。当然相手は相手の中にしか質を見いだせません。よくありがちな事ですが、これが援助する側がこれが正しいと相手に押し付けてしまう場合があります。これもリハビリ職は多いです。特に自分はよくできると思っている人ほど多い。
よくプラス面をみるのが生活モデルだといわれますが、実はそうではありません。いいも悪いも判断することなくただありのままとらえるということだと思います。正しい事・悪い事なんてもものは相手が決めることで自分が決めることではありません。+や-面というのはこちらの都合で決めていませんか?問題点をあげる事はつまり勝手に援助者が自分で決めているということで生活モデルの支援にはあてはまりません。いろんな状況がありますが、それをよいか悪いかを判断するのは本人です。こちらで勝手にプラスやらマイナスやら決める行為は相手の生活や本人そのものを否定する行為です。そんなかかわりをしている事自体が相手の主体性を奪う行為を無意識的にも援助がしているのです。大事なのは相手をありのままとらえ、そして今後どういう生活ができるかという目標を考えていくことが大切です。そしてその人の生活を一緒に作り上げていくのです。問題点なんてものはありません。それは医学モデルで行えばいいことです。
 その人を変える事はできません。生活モデルにおいてその人にとって僕らは環境ということになります。環境が変化する事によってその相互作用により、本人が変化するんです。つまり援助する僕らが変化することです。その変化により相手が気づき自ら変化していくんです。人を変えようとする時点でICFや生活モデルの概念にはずれています。
つまり自分の在り方や自分の価値観が相手に影響を与えています。相手がどうのこうのというより、まず自分の価値観なり、あり方なりを見直おす必要があるんじゃないかと思ってます。いつのまにか自分の勝手な価値観を押し付けている場合がおおすぎです。


4、その時、その時のその人をとらえる。
ICFや生活モデルは人は変わるもの、分からないものという前提があります。相互作用の中で各要素が複雑に関連しています。そして時間や状況によっても変化していくもんです。人は固定的ではないという前提にあり完全にはわからない。ということです。これをすればいいのではありません。人はすごく複雑なものです。わかったという思いこみがあると相手をもう見ることはしません。医学モデルは人体をロボット的にとらえ修理していいくイメージであるますが、生活モデルは人を複雑な1つのシステムの中(それを簡単にとらえるためにICFがある)でみているので絶えず相手の変化をとらえこちらがらの対応も柔軟に変えていくことが大切です。決まり決まったアプローチができずクリエイティブに考えていく必要があります。
 人それぞれの人間臭さ、生々しさ、汚さ、思い、多面的、すべてが健康に機能に影響する事を理解していません。ただICIDHから環境と個人の要素を足せばいいのではありません。医学モデルから生活モデルへ変えるという事は評価の仕方、アプローチの方法、普段のコミュニケーションなどすべて変えていかなければなりません




よく生活モデルは医学モデルに比べて機能を深くみないとか言われることもありますが、それは違います。生活モデルやICFは広く浅くじゃなく、人を全体的にとらえ広く繊細にとらえていくための考え方です。上手く使えばかなり使える道具だと思います。
 障害をもっている人だけでなく、僕ら自身にも使える考え方でもあります。障害だって人それぞれ違うのにその人たちだけに通じるものはないように思います。あってもかなり限定的な使い方をするしかありません。もっと人と全体(もしくは生物全体)に使える可能性が高い考え方が本物だと思います。
自立支援・ICF・在宅復帰・リハビリ・地域など聞こえのよい言葉だけに振り回されたらいけません。大事なのはその人が自分自身の生活や人生をどう感じるかという質であって、その人が主役だという事です。
そして僕らは環境でしかありません。環境しか変われません。環境が変化しその相互作用のなかで個人と環境の環境適応を図ってくか。環境適応が上手くいくことで個体が生き生き自らしていきます。これが生活モデルを使って援助するキモのところです
これを理解して初めて実用的なICFや生活モデルが使えると思います。


あんまりえらそうなことは言えませんが僕はこう思うわけです。


関連記事
あきらめのICF


関連記事

COMMENT

はじめまして。
社会福祉を学んでいます。
ICFに関連するレポートに苦戦してネットをウロウロしてました。
こちらの記事がとても参考になり一言お礼を伝えたくコメントしました。
ありがとうございました。
2016/05/11(水) 01:08:22 |URL|思わず立ちどまりました。 #- [EDIT]
このコメントは管理者の承認待ちです
2017/06/24(土) 11:38:21 || # [EDIT]

COMMENT FORM

  • URL:
  • comment:
  • password:
  • secret:
  • 管理者にだけ表示を許可する

TRACK BACK

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。