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自由になる事と、つながりと。

04-22,2010

hand friend
original up date bylinh.ngân

■人は自分や環境を許すことで自由になれるんだという話。

たとえば一人で床の上にたっているとします。
床にしっかりと立っているからこそ力が抜けるんです。
力を抜く事で楽に動くことができる。
自由に行動する事ができます。

人は体を預けにくい不安定なところやフワフワとした場所では力が入りますね。
そこで自由に動くとなるとより難しいでしょう。
人は床に自分を預けることで力を抜く事ができます。
自分の体と床の関係がうまくいった時、初めて自由に動く事ができます。
つまり床の支えを許す、受け入れるという事が力を抜き自由に歩けるという事になります。
床との関係が仲良くないと、床に体重をしっかり預けることができません。
それだけ自分の体を自分で支えなければいけないのです。

■同じ事が人の関係や社会にもあてはまるんじゃないの?

こういう話は何も体だけでなく、人との関係やこの社会にも言えることだと思います。
一人でがんばるのって、一生懸命になって力が入りませんか?視野もせまくなりませんか?
そしていろんな壁があったり、邪魔があったりしてその都度立ち止まったりします。
そのうち力が入りすぎて疲れてしまいます。自由に動けるとはほどほど遠いのではないかと思います。
いつのまにか失敗してはいけないというで自分も動きが固くなってしまいますし、行動力も低下します。
呼吸だってなにか息苦しいイメージがないですか?

やはり僕らも生きていく上で周囲を許す事が大切なんではないかと思います。

周囲をゆるすことで初めて自由になれるんではないかと思います。
たとえ邪魔があったりしても、受け入れるんです。
受け入れて力を抜く。楽に行動する。
がんばって許すという事ではありません。
それは無理しているだけであって許すことにはなってません。
お互いがよい関係をきずくことでお互いが楽に動けるようになる。
意見なんかも余計な力が入らず言う事ができるんじゃないかと思います。

■ありのまま、あるがまま。思いこみを捨てて、ただ受け入れる。

本当の自由とは周囲を受け入れること。周囲をゆるす事です。
ゆるすという事は力を抜くという事です。
嫌だった事を無理にゆるすのではなく、どっちかというと拒否するという事を考えないということですかね。
無理に許そうという事は無意識の中でゆるせないと言ってる事と一緒です。
考えないというよりは、ありのままを受け入れる。という事になりますか。
自分自身との違いを受け入れると言えるかもしれません。
感情という思いこみから解放するといいますか、結構ニュアンスとして難しいなぁと思います。
ただありのまま自然態でいる、受け止めるとい事なんじゃないかなぁと思います。
ありのまま、あるがまま。思いこみを捨てて、ただ違いを受け入れる。

■つながりを認め受け入れることで自由になれる。

前回書いたとおり、人はつながってます。そのつながりを受け入れなければ、無理な力が入ります。
人は意識するにしないにしろ、そのつながりの中でしか自由に動く事ができません。
自由になろうと思えば、そのつながりを受け入れる事が大切です。
この世界を受け入れることで、はじめて自由になる事できます。

自由でいるために一人で生きるんだという人がたまにいますね。
それは何も自由にはなりません。
つながりを拒否することで、無駄に緊張し自分をしんどくするだけです。
その状況では自由に動くことなんて難しいと思います。

つながりを否定するのではなく、つながりをありのまま受け入れ認めていく。
そうすることで自由に生きれるのはないかと思います。
人は本当にゆだねる事ができれば、それだけで喜びを感じる事もできます。
安心して動く事ができます。

自由に生きたいのなら、より周囲のつながりを大切にしていく必要があります。
人とのつながりを大切にする事が自由に生きるという事だと思います。
自由に生きたいとおもう人ほと周囲の人を大切にしなければいけません。
それは自分自身が周囲を受けいれる事によって可能になる事です。
受け入れられようと思ってもだめなんです。
受け入れられようと思うという事は自分に自信がないだけです。

受け入れられようと思う人は自分のためにしています。
→相手との違いを理解してもらおう。
→理解させよう
→理解できるように相手を変えよう
→なんで理解できるように変わらへんのか、理解してもらえないのか(怒)


受け入れようとしている人は相手のためにしています。
→相手の違いを受け入れよう。
→理解しよう。
→理解するために自分が変わろう
→新しい自分に気づけた。相手の違いを認める事ができて楽に接することができるようになった。

こういう違いがでてきます。

■でも自分を抑え込んだらだめですよ。

理解するために自分を抑圧する。自分を犠牲にする。
そういう事ではありません。
自分を抑えるのではなく、違いを気づき自然に受け入れる事が大切です。
たとえ理解でき、自分の価値観と違うなら、それはそれでいいんです。相手は相手の価値観。自分は自分の価値観として。それで自分が嫌なら無理に合わせることもない。感情的にならずただ違いについて相手とのコミュニケーションができるわけです。

■「与えよ、さらば与えられん」の精神で。

自分に自信がない人を周囲が受け入れてほしいと思いますか。
受けいれるという事は自分自身が安定していないといかません。
そうしないと相手は安心して身を預けることはできません。
相手が不安定になれば、また自分も不安定なるという悪循環にもなります。
自分を認め自信が持てるからこそ、相手も安心してつながれる事ができます

■まず一番最初にするのは自分自身を受け入れ認める事。

周囲を受けれるためには、まず自分自身を受け入れ認める事が大切になります。
そして相手との違いを認め周囲をつながっていく。
そうすることでお互いが安心感を得ることができ、自由に動けることになります。

簡単にいえば物も人も自分以外の環境という事になります。
その環境を受け入れ、許すことが、自分が楽に生き生きと過ごせる方法だと思います。
環境を受け入れようとしようとすれば、まず自分自身を受け入れる事が必要になります。
そのためにもまず自分自身の付き合い方を見直していく必要がありそうです。

色々考え出すとすべての事が関連しているように思います。難しいテーマです。
もっと学習したいです。

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