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ありがとうという事

06-29,2010

皆さんは人に感謝されてうれしいといった事はよく感じるのではありませんか。私自身も仕事を始めた時はそのような役に立ちたいといった気持ちで仕事を始めました。しかし福祉の世界の中で仕事をしているうちにどうも何かへんだという事を感じ始めました。確かにありがとうといってもらえてはいるが、何か心が満たされない場面があります。今回はその辺を考えて見ました。

人に感謝をする事とは2種類あることに気づきました。それは「正の感謝」と「負の感謝」ということです。
正の感謝とは相手に大切にしてもらうことで、自分は大切な存在だと感じてもらう時。
負の感謝とは人の世話になって自分はなんて情けないのだ、自分自身の価値が低下しているような認識をももってしまう感謝です。
一見「ありがとう」と同じような感じがするが、まったくこの2つは逆だと思います。
いくら「ありがとう」といってもらっても情けないといった存在を強めてしまうようであればその人が言ってくれる「ありがとう」はまったく意味がないといっていい。

特に老人の世界では徐々にあたりまえの事ができなくなってきてしまい、人の世話になる事が多くなりがちです。その中で自分は人に頼らないと生きていけない存在になってしまったと常に無意識の中で援助者が感じさせてしまっている関わりをしている事がいかに多い事か。
いくらその人のためだからといってそのような関わりをしてしまうと生きる気力をなくし、うつになっていく場合も少なくない。これでは人の役に立ちたいといって仕事をしたこともまったく無意味になりますね。

同じ「ありがとう」でもこの負の感謝をへらし正の感謝を増やすことが大切だとおもいます。。それにはあなたは大切な存在ですよといった気持ちで関わること。また一方的にならいようにしていく必要があります。言葉で大切ですよというのも相手に伝える手段の一つだと思いますが、そういう気持ちをもって接すれば自然と態度として相手に伝わるものです。

一方的な関わりは力の強いものと力の弱いものといった関係をつくり、する方、してもらう方といった認識につながっていく。現実的に元気なものと弱いものとうのは存在していおりそういった傾向になりやすい状況はあると思います。
援助者が接するということで楽しい、うれしいという気持ちをもつことであり、接すること、関わることができてありがとうとういう気持ちをもつ事だと思います。一緒に楽しく過ごすだけでも「あなたは楽しい存在なんですよというメッセージを伝えていることにもなります。

そういう簡単な事で一方向から相互方向へと感謝ができ、それが自然な関係を生み負の感謝から正の感謝へと変わる。

正の感謝と負の感謝の関係は王様と家来とう関係に近い物があると思います。王様はしてもらって当然とう意識がはたらき、家来はこんな私なんかに手間をとらせてしまって申し訳ないという思いになりやすい。
そういう関係の「ありがとう」って自己満足になっている事が多いと思います。

あなたがいつも言ってもらっている「ありがとう」を見つめなおしてもいいのかもしれません。
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コミュニケーションを上手くするには?

06-27,2010

ほかの人とのコミュニケーションのhow toなどはたくさんでているが、結局は誰がコミュニケーションを行うのかというと自分です。自分をしらないと相手とのコミュニケーションも当然難しくなる。

考えてみてください。本に書いてあるhow to 本が江頭さんと木村拓哉さんとなら、まったく成功する方法は変わるはずです。つまり色んなhow to や考え方が世の中にはあふれていますが、自分の特徴を知っているからこそ、はじめて役に立てることができます。

コミュニケーションのテクニックと確かに役に立つかもしれませんが、やはりそのテクニックを使う自分自身を知らないと意味が薄くなると思います。

他の人が言っていることをそのまままねしてもうまくいく訳はありません。それは自分ではないのだから。他の人のやり方をそっくりそのまま、素直にまねする必要なんてないんです。そもそも窮屈です。

もっと自由にコミュニケーションをしていけばいいんです。相手に対しても。そして自分自身にも。自分自身を知ることが、結果相手との自由なコミュニケーションができます。しかし色んな本やインターネットなどで情報があふれすぎて「こうしなければならない」という思いが、より自分に注意を向けることをせず、方法ばかりにこだわります。それではいつまで立ってもよいコミュニケーションはできません。

沢山ある情報を参考にすることはかまいませんが、情報というものはある人は正しく、ある人には間違っている場合もあります。それは情報を使う人が違うからです。コミュニケーションを楽に行うにはまず自分の特徴を知り、自分が楽にできる方法を採用、発見することが大切です。

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20歳のときに知っておきたかったこと 本の感想と思ったこと

06-26,2010

20歳のときに知っておきたかったこと スタンフォード大学集中講義20歳のときに知っておきたかったこと スタンフォード大学集中講義
(2010/03/10)
ティナ・シーリグ

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■感想

「今からこの5ドルを2時間で増やすにはどうしますか?」
皆さんはよい考えを思い浮かぶでしょうか?


読んでみて普段の思考や考え方、行動がいかにある限られたワクの中でしか行っていないのかを少し気づくことができました。

僕らは普段の生活の中でなにも考えずあたりまえに過ごしている場合が多すぎているし、慣れすぎていると思います。

きっと自分で思っている以上に自分でしようとしたらできると思いました。そして同じ物事でももっともっと色んな見方ができるし、とらえ方もできる。行動もできる。

いっつも自由に生きたいとか、楽に生きたいと言っている割に無意識的はまだまだ自分で自分を制約していることにも気づきました。



印象に残った言葉として
「自分で自分を檻にいれてしまってないか、ちがう見方をしてもいいんだと自分を許すこと」
「周囲に許可を求めるな、許しをこえ」
「自分だけが勝つのではなく、相手も勝てるような交渉をする。私たちはあまりにも勝ち負けや比べる環境に慣れてしまっている」
「あなた自身に自分で許可を与える」「世界は可能性に満ち溢れていると考えることを自分に許可したとき、とびきり面白いことがおきる」



本質的な内容って色んないい本を読んでいても変わらないと思います。興味があればどうぞ。けっこう分かりやすくてサクサク読めますし、内容もおもしろかったですよ。
20歳じゃなくても、30歳でも40歳でもおじいちゃんでもおばあちゃんでも知っておいたほうがいいと思います。
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変化する日本での働き方。

06-22,2010

※これは前回書いたものがわかりにくかったり、誤字が多かったため編集し追記したものです。結構変わったので再度アップします。

■昔、今の日本。僕らの仕事。
現在日本は少しづつ変わりつつありると思います。
高齢化社会による若者の減少、年功序列や終身雇用の崩壊、成果主義の導入など、それは組織で働く上で個人の立場も変化させるもになると思います。

昔はずっと同じ会社で働いていいたら、ずっと安定した収入を得ることができました。
ただ毎日疑問を思う事なく、毎日働いていたらマイホームを購入する事ができ、また家族も養うことができてました。

今はどうでしょうか。不況ですよね。その中で日々会社は生き残りをかけて戦っています。そのため組織の中にいる個人の実力が重要視されはじめ、少しずつ日本社会が勤務年数ではなく、本人のもっている実力を重視し、評価するようになってきました。

実力がない物は出世もしないし、場合によっては安定した収入を得る事自体が難しくなっています。
完全ではないかもしれませんが、少しづつ今の日本の会社組織はそういった方向に少しづつ変化しているように思います。

そこまでいいでしょう。それは社会の自然な変化なのでしかたがない事かもしれません。



■日本で働く僕らの3つの問題

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リアルにイメージすること

06-18,2010

baby.jpg
bymichael


僕も若い時は同じようだったし、今もそういうところがあるように思うけど、何か言葉だけで物事をとらえてしまう場合が多いように思います。

例えばスイカとイメージしてもなんかうっすらとしたスイカしかイメージできないような感じ。

もっと質感をもってスイカのみずみずしい感じとか、食べた時の食感とか、独特の甘さとか夏のにおいとか。そういうものをスイカという言葉だけでパッと思い浮かぶ人は少ないように思います。僕もしっかりとイメージしなければ急にはでません。

脳はイメージをするだけでもピアノが上達したりするそうです。
だけどそのイメージの仕方がけっこう薄っらしてしまったら意味がないと思います。

具体的にイメージをするというのは物事に対してリアルに考えるという事でもあります。
言葉だけで、わかった気になっている場合は多くの場合わかってないことが多いです。
質感を含めていかに具体的にイメージをするかが大切だと思います。

もちろん実際にしてみたほうがよりその質感が味わえると思います。
この質感を普段の生活でしっかり感じる事ができるかどうかが、僕らの生活のリアルさ、自分自身の存在のリアルさになってくるように思います。

なんとなく自分の生活が希薄に感じる人はこのリアルさ、質感をとらえる力が欠けているように思います。

多くの場合学校や社会で言葉だけでの教育を受けてきたのが原因かもしれません。
具体的にイメージするためにはやはり体験をする必要があります。
実際に行ってみるからこそ物事の質感を感じることができるんです。

だけどあまりに言葉だけでとらえる事が習慣化してしまっている場合体験をつんでもその希薄さから質感をとらえられない人が多くいます。
しかし逆に、言葉だけでも質感を感じられ、実際の生活に具体的に生かすこともできている人もいます。

いいかえると物事をリアルにとらえる事ができる人と、そうではない人。
いったいその違いはなんなんでしょうか。

情報に対して受け身な人は結局言葉に振り回されます。
逆に情報に対して主体的に自分で選択しとりいれることができる人は言葉を道具として使います。
その違いなのかもしれません。
結局言葉という道具に振り回されているだけなのかもしれません。

言葉はあくまでも道具です。
言葉をきっかけとして具体的なイメージをする事によって、実際の生活に対してもリアルに対応できるように思います。

そのためにはその道具を使う自分自身が何を感じるのか、何をしたいのか。どう生きたいのか。自分がどう感じるのかをしっかり見つめなおしていくとが大切です。

自分を知る事によって、自分がその情報(言葉)を何のために使うのかがはっきりします。そうすれば言葉に振り回されずよりリアルに考えらるように思います。

世の中聞こえのよい言葉があふれています。いつのまにか他人の考えた聞こえのよい言葉がいつのまにか自分の目的とすり替わっている場合が多いように思います。

自分を知ることでリアルに物事を考えられるようになります。物事をリアルに考える事がイメージの質感なんだと思います。その積み重ねが質感のある人生を送れるようになるんだと思います。




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ipad注文しました。

06-15,2010

買ってしまいまいた。ipad。
僕が購入したものは32GBのものです。
いろいろ迷ったんですけど、どうせ容量が一杯になるまえに、また新製品がでて今度のipadはより薄くなったとか言われそうですもん。だからほどほどでええかなと。

主にブログ更新、電子書籍化、くつろいだ姿勢でのネット使用を主に考えてます。
この電子書籍化は結構本格的に考えてます。
やっぱりこれからも本を買っていくやろうし、今回マンションに引っ越ししてみておく場所が限られるのと、本の移動や管理も大変なので。
昔ipodを購入した時はCDの管理もとても楽になったし。

けど実際に紙を電子化しようと思えば、それこそスキャナーとか裁断機とかまだまだ資金が必要になってきますけどね(汗

そりゃ紙の質感とか、めくる感じとか本を読んでいる感覚って大事だと思います。

それも含め実際ipadを使ってないとよくわかりませんね。

使いごことがよければ、それこそ棚を置く必要がへり、パソコンの使いかたが変わることで、部屋のレイアウトも変わります。なかなか部屋のレイアウトまで変わる製品てないんじゃないかと思います。

とかなんとかいってたら今度はiphone4がでます。
appleなんぼ金つかわそうとするねん。


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環境に適応しようとする能力と、適応した状態を保つ能力と。 脳を考える。

06-12,2010

earth egg
by azrainman

僕が思うに、脳は環境に適応する能力と環境に適応した状態を保つ能力があるように思います。
変化する事に抵抗がある人がいるじゃないですか。
それは脳の機能として今ある環境に適応した状態を保つ能力が働いているからだと思います。
(この適応した状態というのは、色んな適応の仕方があり、質のよい適応も質のよくない適応もあると思います。)
環境に適応しようとする能力も環境に適応した状態を保つ能力もどちらにしろ、今ある環境に適応するためのものだと思います。

慣れない環境でも一度適応してしまえば後はそれを保つだけでエネルギーを使わず個体としては非常に楽です。それがいいかどうかは別にして。



脳は色んな機能があります。体を動かす能力とか、しゃべる能力とか、空間を認識する能力とか。何にかとてもややこしいですね。脳の話になったらなんかブラックボックスを除いているような、非常に複雑でややこしい印象を受けます。実際複雑なんでしょうけど。

シンプルに脳は何をしているのかというと、僕は「環境の適応を調整する」という事が脳の大きな役割だと思います。
それを自分の体という道具を使ってその環境適応を図っているという事が人間として、また生物全体として言えるのかもしれません。適応することで生物は進化してきたし、生き生きと過ごす事ができます。
その調整する能力として、「環境に適応しようとする能力」と、「適応を保つ能力」があると思います。



何にせよ一度環境に適応してしまえば非常に楽です。
それを保つ事さえできれば、個体は楽に過ごせる事ができるんですから。
だけど、ここで問題があります。環境は常に一定とは限らないという事です。
むしろ環境は変わる事のほうが多いといえます。
そのために環境の適応を保つ能力ばかりを使うとここで問題になるんです。
環境が違うのに、個体は以前の環境に対して保とうとしてします。
そうなれば、以前の環境は存在しないものですからやはり新しい環境に適応する事が難しくなります。



もう1つ問題があります。今の環境よりももっといい環境があるかもしれないし、同じ環境であってもよりよい適応の仕方があるかもしれないという事です。
もっとよい環境があるかもしれないのに、今の環境に適応する事に慣れすぎると新たな環境に適応する事をしなくなります。

そればかりか同じ環境でもよりよい適応の仕方があるかもしれないのに一定のパターン化した適応の仕方になれすぎているために違う適応の仕方を学習する事ができない事もあります。
よく不満がどこかあるのに安定をもとめて今の生活を変えることができないというのはこの例ですかね。



こう書いていれば、環境適応を保つ能力というのは一見なにか生活していく上で邪魔だと感じるかもしれませんが、そうではありません。この保つ能力は環境適応を維持する上でとても大切です。この能力がないと、僕らは常に環境に新しく適応していかなければいけません。それは時々ならワクワクするかもしれませんが、ずっと適応しようとして生活するとエネルギーの使用が増大で僕らはまともに生活する事が難しくなります。

僕らの何気ない行動や習慣なども環境適応を保つ能力が働いています。
仮に自転車でどこかに行こうとして、自転車のこぎかたの練習から毎回しなければいけないと思うとぞっとしますね。
環境適応を保つ能力も必要なんです。



結局この環境適応を保つ能力と、環境適応しようとする能力のバランスが大切なんだと思います。このバランスがしっかり調整されると、生物は新しい環境に適応し、またその中で保つ事ができます。そしてまた環境が変われば適応する事ができるし、今の環境の中でもよりよい適応を行う事ができる。また自分から新し環境を発見し適応する事もできます。

適応しようとする能力も保つ能力も結局脳の可塑性が働いていると思います。どちらにせよ、脳はずっと保つ能力を使うとその適応の仕方を強化しますし、逆に新たな環境に適応しようとしても徐々に新しい環境の中で少しずつ習慣化し適応を保てるようにしていきます。よく頭がカチカチだというのはカチカチにより固くもなるという事です。

柔らかい脳に変化しようと思えば、結局あらたな環境の中で違う習慣化を脳の中にインプットすることなんかなとも思います。それが新たな脳のマップを作る事になる。そしてそれを強化していく。しかしそれだけでは今度は新しい習慣に頭がカチカチになっちゃうので、常に適応しようとする能力とのバランスをとっていくことで柔軟な脳ができるのではないかと思います。



きっとこの考え方は僕らが生活していく中でも、また逆に人の生活を援助する上でも役に立つものではないかと思います。僕らの生活でもたくさんの新しい環境があるはずです。きっと今まで何も考えずただ習慣化しているもの、例えば自転車に乗るだけでなく、思考パターンとか動きのパターンとか、行動の仕方なんかを見直してみるといいかもしれません。ちょっと環境に適応しようとする能力をだいしてあげればいいんです。それはどうしたらいいかと言いますと、「とりえあえずやってみる。」これに尽きると思います。

そして「同じ失敗をしないこと」。失敗は悪い事ではありません。むしろ環境に適応しようとうする能力を発揮する上で失敗する事は必要です。失敗するからまた再度調整し、環境の適応を図ろうとする事ができます。しかし同じ失敗ばかりすると同じ失敗に脳は慣れてしまいます。同じ失敗をするという事を学習し保ってしまいます。そして習慣化されます。
失敗をするのはかまいませんが、少しだけでも依然と違う失敗を積み重ねていくことで環境に適応しようという能力が発揮され、また徐々によい適応の仕方を発見することができます。よい適応の仕方が見つかれば保っていけばいい。同じ失敗を学習し習慣化しないようにするために大切なポイントです。まったく違う失敗じゃなくてもいいんです。人からは同じ失敗でも自分がその違いを感じれたならそれでいいです。



とりあえずやってみることによって、今までの環境に適応する事を保つ能力から解放し、環境に適応する能力を引き出す事ができます。そしてやってみてよいと思ったら、また環境に適応する事を保つ能力で習慣化していく。失敗したら失敗したでそこから学び違う失敗をしていく。そうすることによって柔軟に行動できるし、柔軟に環境に適応できます。脳はきっとそういう風にできてます。



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あるものはなくなる。

06-10,2010

形あるものはいつかなくなる。

それは物だけじゃなく人も。

今という時間はいつかなくなる。

それだけ儚いものです。

だけど新しいものに出会うことができる。

そういう風に命をつないで生きている。

命だけじゃなく僕らの生活だってその繰り返し。

そいういう風になっているんやと思う。

なくなったものは戻らない。

過去に振り返ってもどうにもならない。

今これからを大事にしていくしかない。

そしてもっとワクワクするものに出会っていこう。




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脳は奇跡を起こす 感想

06-07,2010


脳は奇跡を起こす脳は奇跡を起こす
(2008/02)
ノーマン ドイジ

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久しぶりに本の感想を書きます。

この本は脳の可塑性について書かれた本です。可塑性とは平たく言うと脳は固まらず、常に変化しているという話です。今までは脳をよくできた機械であるようにとらえてきました。この部分が言語野で、この部分が視覚野でとか。一度故障するれば治ることがないとか。しかしよくよく調べてみるとそういう事ではなかったというお話です。実はきっちり決まっているわけではなく、色んな条件により変化していますし、個人差があるという事です。そして脳ま自ら変化します。

よく子供の脳は発達するなかで絶えず変化するとういう認識は一般的になってきましたが、成人の脳は固定されてしまっていると思われている事が多いみたいです。この本によると実は成人の脳でも絶えず毎日変化しているんです。

神経症から発症10数年経過した麻痺、切断による幻肢痛、強迫神経症まで幅広く脳の可塑性を用いたアプローチの成功例を紹介しています。
人間は内面的な変化だけじゃなく実際の脳みそから変わる事ができるんだと思えるかもしれません。
今までは対症療法でしか治療できなかった事も、根本から治療できる可能性が感じられます。

だけど可塑性というものも万能なものではなく、よくも悪くも変化するということです。
また自分の脳は本人が変わるものでやはり他人が変えるものではありません。
だから本人の意欲がなしに可塑性を上手く促す事はできません。

可塑性を促そうと思えばいつもの習慣と違う事をしてみると効果てきです。
逆に言うと習慣が脳の可塑性を損ねている場合もあります。

しかし無理に可塑性を促そうとして本人に過剰に負荷をかけると、意欲を逆になくす場合もあるので注意が必要です。
可塑性ばかりを見るのではなく、まずそれができる状況があるのかどうなのかを判断する事が必要だと思います。
そして隣で意欲がでるように段階的に援助していく事が大切だと思います。

習慣と違うというのは習慣化することによって脳は環境と適応しているわけですから、それをいきなり変えるというのは環境に適応しにくい、もしくはできない事もあります。そうなれば適応できない事で個体は低下していく事になります。少しづつ違いを適応していくようにするほうがいいでしょう。

例えば足を動くように可塑性の考え方で無理やり立たせても意味がないし、それで脳が新たによい反応するかと言えばそうではないと思います。やはり本人と一緒に行ったり、本人の意思を引き出して立ってもらはないと意味がありません。その辺は人を援助する上で注意が必要かなと思います。

といっても脳の可塑性は僕ら人間に無限の可能性を感じさせられます。
だけど可塑性という考え方に振り回されず、上手く使うようにしていきたいものです。

僕が思うに、脳は環境の適応を保つ能力と、環境に適応しようとする能力があるように思います。








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