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ルポ 貧困大国アメリカ Ⅱ

02-28,2010

ルポ 貧困大国アメリカ II (岩波新書)ルポ 貧困大国アメリカ II (岩波新書)
(2010/01/21)
堤 未果

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以前にⅠは読んだことがあり、結構アメリカの現状について驚きましたが、
たまたま利用者さんがこの本を読んでいて貸していただきました。
結構ズバッと書いてあってこれが事実だとしたら恐ろしい内容です。
あくまでもこの書いた人の見たことであるので、1つの参考としてみてください。

一般のアメリカのイメージは自由で好きな事をして生きていけるというイメージが僕にはあります。
他民族国家の中で自分が自分らしく生きていける。そういった印象をうけます。
アメリカンドリームという言葉があるようにアメリカにいけば夢がかなうかもしれないという気持ちも抱きます。
ただこの本に書いてある内容が本当だとしたら僕が思っているよりももっともっと少ない人なのかもしれません。

アメリカはニュースでも報道されているとおり、小さな政府です。
国が大きな公的なサービスをすることを避け、
公的なサービスは民営化されている場合が多いです。
たとえば
医療福祉、教育(とくに大学)などはまだイメージしやすいところですが、
民営化された刑務所や、戦争に派遣している民営会社などもあります。
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自分らしさとは2(昔のメモから)

02-27,2010


Original Update by Lance Shields

前回自分らしさとはと思いつきで書きましたが、同じような内容を
昔書いたメモに見つけたのでのせてついでにのせておきます。

自分らしさとはなにか。
自分で考え動くこと。人に考え動かされる事で自分らしさが損なわれる。

自分らしさを得ようとする場合もっと自分で考え、自分で動くということをしないと難しい。自分の憧れの職業をしたからといって自分らしさができるわけでなく、自分らしさ=自分のする事ととらえてしまえば、どんな事をしても自分らしさは決してかなえる事はできない。
することというのはあくまでも手段。目的ではありません。
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自分らしさってなんだ?

02-24,2010


Original Update by brainware3000


最近の若者がよく使う言葉。それは
「自分らしい」
という言葉。
こんなの自分らしくなーい。
こんな仕事は自分らしくない。
とか。

っていうか僕も若いんですけどね

自分らしさに強いこだわりがある人が多いです。

わからない事もありません。
僕自身も自分らしさというものに何か惹かれるものがあります。
僕も若い時は同じようなこだわりがありました。

自分らしさってなんやろうか。
自分らしさって大切なものなんやろか。

よくよく考えてみると
自分らしさとは
自分ってこうゆう人なんだ。こうじゃなくてはいけないんだという考え方だと思います。
自分はこうであると決めつけている事だと思います。
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自分を出すこと

02-23,2010

smilling dog
Original Update byPhotos8.com

なんでブログしているのかというと
僕はあまり自分を出すことをしてないなぁと思ったからです。

コミュニケーションをとるうえで
相手の事を引き出したかったら
まず自分の事を引き出さなあかんやろ。

とおもったからです。

どう思われるかばかり気にして自分を出さないという事は
人にどう思われるかばかり気にするのです。
自分がどう思われるか。自分が変な事をしたら何を言われるか。
自分が動いてもしかたがないやろう。
自分が、自分が、自分がです。

結局自分にベクトルが言っているだけで、
相手に対して何の思いやりや気持ちももってないなと
思いました。
また自分の事を信じていないということでもあるのかなと思いました。

いっつも誰かがかまってくれるやろとか
話しかけてくれるやろうとか
そういう待ちの姿勢は結局自分がどう思われるかばかり考えてばかりで
その誰かについて気にかけたりしていないという事だと
思いました。

ええかげんそいうのはやめにして
まず自分を出してみたらええやんと思いました。
もちろんどう思われるかという事は気になりますけど
それ以上に自分を信じてみたいと思いました。
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ストレスと環境適応

02-23,2010


original update by andronicusmax

新しい環境に行くとストレスを感じます。
過剰なストレスは健康を脅かします。

しかし同じ状況ですべての人の健康が脅かされる
というわけではありません。

人間は進化の中で海から陸、そして道具を使うなど
さまざま進化をしてきました。

海で生活しているものは新しい陸への生活へと生活を変化させて
いきました。

それは最初生物が陸に上がった時、海という慣れた環境(適応した環境)から新しい環境(適応していない)場所での
生活だと思います。

当然新しい環境で呼吸もろくにできないまま相当なストレスがかかったと想像できます。

しかしそのストレスが新しい環境に適応する材料になっているのではないかと思うのです。
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名刺をつくりました。

02-16,2010


original update by Werwin15
まったく仕事とは関係がない名刺を作りました。

自分用の名刺です。

最近はパソコンを使えばなんでも作れるもんですね。

デザインはオリジナルです。

気軽に声をかけてもらえれば差し上げます。

似顔絵つきでございます。



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便利なこと2

02-11,2010

「便利なこと」は自分の体にも前回書いたような事がいえるのでは
ないでしょうか。
今回は前回に続き自分の体について考えてみたいと思います。

読んでない人はまず前回のをお読みください。
便利なこと


僕らの体も便利なものです。
多くの人は自分の思ったとおりに自由に動きます。
便利であるがために、自分自身の動きについても何も考えなく
ても行うことができます。
確かに多くの事を考えなくても、動かすことができます。
しかし便利であるがゆえに大切な事を前回同様、犠牲にしているのでは
ないでしょうか。

僕らの行動は便利であるがために、
動きは習慣化され、自動的に行うことができます。
それは何も考えなくてもできてしまいます。
その動きの豊かさを感じることが少なくなります。
やっぱり生き生きとした動きを感じることがないと
自分が生きているというリアリティが損なわれていきます。

今度は自分の体がロボットだったらと考えるとどうでしょうか。
実際動いているけど動いている感覚がない。
景色が変わっているけど、実感がない。
結局TVみたいになってしまします。

体を使って体験しなければそこにリアリティが感じにくくなります。
体を何も考えずただ便利に使うとロボットに近いような体になるかもしれません。
大切なのは自分の体の動きや反応をしっかり感じることだと思います。
しっかりと自分の動きを感じることでリアリティを感じることができます。
普段なにげなく歩いている時に少しどのように体は感じているか
感じてみましょう。
より生き生きとした感覚をもてるのではないでしょうか。
そうすることで生活の中でTV的なものでなく、
より豊かな体験ができるのだと思います。

豊かな体験ができれば自分自身について気づくことも
増えるかもしれません。
自分自身が成長できるきっかけが増えることで
より豊かな人生を見つけることができるのではないでしょうか。


便利が悪いわけではありません。
習慣化された便利な行動も生きていくうえで大切なことです。
しかし特に忙しい今の社会は自分の動き自体も習慣化されすぎだと
思います。
忙しいと書いて心をなくすとはよく昔の人は言ったものです。

もう少しだけ自分の感覚を大切に生きていったら
どうでしょうか。






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便利なこと

02-09,2010

世の中とっても便利です。
いろんなサービスがあります。


便利であるという事は不便ではないという事です。
何も考えずにできてしまいます。
難しい事も簡単にできてしまいます。
また他の人が用意してくれているものが多いです。
それは考える力を奪ってしまいます。


多少の便利さは必要でありますが、
過剰な便利さは考えものです。


すべてボタン一つですむ生活が
人間にとってどのような影響を与えるか想像してみてください。
たとえばボタン1つで朝ベッドが動き体が起こされて、またボタンを押せば
ロボットアームかなにかで歯を磨き、髪を整えてくれる。
しっかり整ったらリフトが車まで体を動かしてくれて、
そしても目的地までいく。そこからもすべてボタン一つですむ・・・
究極になれば自分はベッドに寝ていて、ロボットがすべて行ってもらう。
その体験している映像を家でみている。


たしかに便利です。便利ですが、体験が伴わなくなります。
動きが減るということは感覚を使わなくなります。
体験が伴うことで人間は生きている感覚を持つことができるのです。
体験をすることでリアルな生活が送れるのです。
自分はベッドにねていて他の体験はロボットがすべてする。
それでほんとに生きている、充実している感覚をもてるのでしょうか。
便利でありすぎると生き生きとした感覚が損なわれていきます。
自分で考えず、行動しなくなります。
思い通りにいなかれば、それは便利でないことが原因だと
自分自身に意識がいかず環境のせいにしてしまう事もあります。


例は極端ですが、少なからず体験を機械や他の人に任せているという場面は
あると思います。
だからと言ってそれがだめだと言っているわけでなく、
人間は車があるからこそ遠くで新しい体験ができる。
飛行機で運んでくれるから短時間で外国にもいけることができる。
便利なものがあるからこそ、また違う世界が見えるのもまたあると思います。


大事なのは自分がどのような体験をするかだと思います。
機械に任せていい部分とそうでない部分をしっかり自分の中で決めていく
必要があると思います。
あえて不便な事をするのも一つです。
不便だからこそ楽しいこともあります。


便利は人を受け身にする要素があります。
一方的に世の中の便利に体をあずけるのではなく、
主体的に自ら選択し使っていくことが大切です。


便利はお金を使います。
しっかりと便利を選んでいけばお金の節約にもなりますよ。
ちょっとの便利を節約して自分に大切なものに使ってください。


便利は今の人間社会の中で必要なことです。
しかし便利すぎれば人としてのアイデンティティ(存在感)が
損なわれます。
本当にその便利は必要なのか考えないと
お金だけでなく、意外にもっと大切なものを失っているかもしれませんよ。


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誰かやってみませんか?こんなデイサービス

02-04,2010

最近介護保険の影響から自立支援という言葉がかなり反乱してきているように思います。
自立支援=自分でできる事=心身面の維持・機能の向上とうい図式が無意識の中で
援助する人の頭にできあがっているように思います。


お年寄りは当然年とともに能力は低下してくもので、
年齢とともに心身の機能が低下し、できる事も減っていく。
もちろん一時的に能力が下がっている場合は回復することもあり得ますが
自分でできる事には現実的に限界があります。
150歳になってもピンピン走り回れれば化けものです。笑

デイサービスは本来生活支援をする施設だと思います。
そういった時代の流れの中で生活支援よりも心身面の機能回復を目的にしているような
デイサービスが増えています。
パワーリハビリテーションというジムのマシンがおいてあったり物理療法という
体を温めたりするものあります。
ひどいところはただ通っているだけのお預かり施設となっているところもあります。
職員も生活支援といくものが何か考えられず、自分で身の回りの事ができる人なら
どのようにかかわっていけばいいのかわからないという事も少なくありません。
僕も最初はそうだったので人の事はありまりいえませんが。


純粋にリハビリだけをしたいのであればデイケアがあります。
生活に満足しててリハビリに没頭したい人はそれも一つの選択肢だと思います。
それはデイケアの得意分野です。セラピストもそろっているし、リハビリのプロがいます。
デイサービスはその存在意義まであやしくなってしまいます。
そいったデイサービスほど、俗に言う難しい人もみない。
重度の人に対して個浴にはいっていただくこともできない。
サービスがなくて、本当に必要としている人に対しても何も提供できない。
結局いずれそういった所はつぶれていくのではないかとも思えます。


よくデイサービスでしているものに、手芸や作品づくりなどもあります。
そういったもの対してアクティビティ加算なんてものもあります。
そして余暇活動の支援をしていると言います。
でも本当にそれで趣味と言えるのでしょうか。
趣味なんでだれとするかだし、手芸も誰にみてもらうかなど関係的な視点が
かかせません。
どちらかというと機能維持のための訓練的な意味合いになっている場合が多いのでは
ないでしょうか。
認知症の予防のためにとか、手がしっかり使えるようにとか。
副次的に他の人との関係ができたり、楽しめたりしている場合もありますが、
あくまでも何かおまけのようになっているような気がします。
本当にお年寄りが望んでいるものなんでしょうか。疑問に思うことが多いです。


デイサービスの本質は生活支援にあると思います。
しっかりとした在宅生活を支えていくのです。
単なるお預かり施設でもなく、自立支援でもない。
在宅の生活のニーズをくみ取ってそれをデイサービスが援助していく。
ただでも在宅生活が継続できたらいいのではなく、
大事なのは在宅生活を含めたその人の生活が少しでも豊かに送れるかだと思います。
なんでもしてあげるという事ではありません。その人の主体性を、人生を援助するんです。
本人の機能が改善したかどうかでなく、生活がどうかという視点をもつ。
生活が安定しなければ機能は低下していく。
機能ばかりみてここが問題だとか、このあたりが低下したという事を中心にしない。
もちろんその人の生活状況を把握する上で、よくも悪くも関係なくありのままの心身状況を
とらえることは大切です。
もっと生活とリンクしたデイサービスが必要なのではないかと思います。
デイサービスはデイケアの補助的な役割をするのではありません。
生活は機能を維持するためではなく、それを含めたもっと豊かで生々しいものです。


具体的にどのようなデイサービスを作ればいいのかというと
本当のお年寄りの生活のニーズを探っていくいうことがまず大切です。
セルフケアが自分でできるからといって生活に満足していると思いますか?
障害をもち生活していくなかで、セルフケアができれば自分なら満足ですか?
長期的にみるとできる事が減っていくなかで、したいこと、
あきらめたくないことを支えていくかなければなりません。
まず基本的にな食事・入浴・排泄というケアはかかせません。
それも自分でしているかでなく、
本当に食事・入浴・排泄が満足して行えているかを考えていきます。

そのほかに家とデイサービスの往復しか外出する事ができないのであれば、
希望のところに外出できるような援助を行う。
もちろん気分がのらないなら今日はゆっくりする日でもいいし、別の事をしても
いい。
買い物に不自由するなら、買い物にデイサービスに来た時に定期的に行き、
生活とリンクさせていく。
デイサービスに行くのか、買い物に行くのかわからないくらいでちょうどいいと
思う。
一人暮らしなら保存食つくったり晩御飯のお弁当をつくったり。
友達がいないならば友達づくりのきっかけを提供したり。
そのために手芸や作品づくりを利用する。
役割が家でなく、自信をなくしかけているのであれば、施設内で役割を作る。
その役割が家庭でも役に立つものをする。漬物をつけて家で食べてもらうとか
マフラーなどを孫にプレゼントするとか。
時にはデイサービスで仲良かった人の墓参りにいく。などなど。
もちろん家で忙しく動いている人は施設にきてゆっくりしてもらえればいい。
考え出せば色々浮かびます。

職員が足らないんじゃないかと思われますが、どこに力をそそぐかです。
もちろん個々の生活を支えていけば
デイサービスでリハビリ訓練や物療なんてする時間なんてありませんよ。
個々のニーズをうまく組み合わせて実現していけば可能ではないかと思います。
15人定員の小規模デイサービスが行いやすいでしょう。
それ以上の場合職員が細かな事を把握できません。
また個別ケアは一対一という意味ではありません。集団でどこかにでかけても
その一人一人が喜んでいるか。満足しているかということが大切です。
当然人数が増えるほどそういった把握も難しくなります。


予定ありきでなく、予定を利用者さんの生活ニーズから作っていくのです。
何したらいいのかわからない。とか一日のプログラムがないと不安だとか
はお年寄りの生活をしっかり見えてないからだと思います。
簡単な流れとかはあってもいいと思いますが。


もちろん施設内のサービスだけで完結することはしません。在宅生活の一部のデイサービスです
から在宅支援も同時にしていくわけです。
時々送迎時に在宅環境の確認なんかも行うわけです。
ベッドの高さとか、車いすは本人にあっているものか、移乗はどうか
Pトイレの使い勝手とか。家族とは良い関係が過ごしているかとか。家での本人の様子はどうか。
在宅でのもっと本人にあう生活はできないものか。それはデイサービスでも何か
助けになることはないかなど本人と一緒に考えていきます。
一緒に考えることが難しい人は相手の立場にたって考え、また常に相手の反応をとらえていきます。
デイサービスはあくまでも在宅の延長としてとらえていくことが大切です。
在宅で足りないものをデイサービスで補ったり、職員が在宅生活の相談にものります。
もちろんケアマネさんとの横のつながりを大切にしながら。


機能的なアプローチをしないからといって何も機能をみていないわけではありません。
機能をみているからこそ生活を支えていくのです。
体ばかり鍛えても肝心の生きたいという気持ちが生まれなければ
体は元気になってきません。体と心はつながっています。また生活もつながっています。
だからこそもう一度生きたいという生活を取り戻し、前向きに生きることで体も心も元気になって
いくのです。
目的もない歩行訓練はしんどいものですが、行きたいところを目指して動く歩行
は普通の歩行訓練より効果的です。


リハビリをすることでいつまでも治してももらわないといけない人という無意識の認識が
生まれます。いつまでも自分はだめな部分があるという認識を強化します。
それは人を受け身にされるものです。
より主体的な生活が送れるように援助をしながら、その人にあった生活を提供できることがデイサービスの
強みになるのでないかと思います。
デイケアではリハビリする時間があります。風呂もはいる人もいます。
デイケアでは逆に生活支援は限界があります。


しっかりとした生活支援のデイサービスはあるようでいまだ見たことはありません。
(あるのかも知れませんが、出会ったことや聞いたことがないだけです)
もちろんデイサービスや宅老所などで認知症の人のよいケアをしているとこはたくさんあります。
認知症の人だけがデイサービスかというとそうではなく、
障害を持ち生活がなくなってしまった人や、
思いや気持ちをなくしかけている人にも提供できるものです。
生活支援なので、障害でみるのではなく、生活のニーズがある人が利用者
になります。


生活を支えるにはそれ相応の知識と考え方が大切です。
しっかりと生活モデルを把握した人が必要になりますし、
それ相応の考え方やスキルが必要になると思います。
もちろん経営的な面も考えていく必要もありあます。

けれども今までなんかすっきりケアできなかったことが何のためにするのか
明確になり、職員のやりがいにもつながると思います。
一歩引いた人のとらえ方でなく、人と人でかかわっていくことが大切になります。
だってどんな素晴らしいことされたって嫌な人とはしたくないでしょうから。
なんとうか無意識的に感じているもやもや感は減るのではと思います。
利用者さんも豊かな人であると同時にかかわる側も豊かな人です。
そういうあたまりまえの事を利用者も職員も感じれるのではないかと思います。


なんの事はない。当たり前のことを当たり前にしているだけです。
これがあたりまえのデイサービスだと思います。
ただ生活支援をあたりまえにしているだけです。
お年寄りの問題点ばかりみて治していこうというかかわりではなく、
お年寄りと生活を一緒に考え、一緒に生活を行っていくというスタンスです。
もし自分が年をとったらなどちらと付き合いたいですか。
ただ本当に大切な事を見つめていくだけです。


色々ねってますので、手伝ったり、相談にのったりするのは積極的にしまよ。
誰かやってみませんかぁー?
責任は持てませんけど笑
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センサリー・アウェアネス―気づき 自己・からだ・環境との豊かなかかわり

02-02,2010

センサリー・アウェアネス―気づき 自己・からだ・環境との豊かなかかわりセンサリー・アウェアネス―気づき 自己・からだ・環境との豊かなかかわり
(1986/11)
チャールズ V.W.ブルックス

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センサリーアウェアネスです。
一度ワークショップにも参加した事もありますが、
ほんと参加してよかったなぁと思います。
最初はドキドキしながら参加してましたけど。

この本もワークショップ同様さまざまな気づきを与えてくれます。
簡単な言葉でだれでも読めるのですが、
内容がマニアック?なため実際体験しないと
わかりにくいことも多いと思います。
たぶん僕も半分ぐらいしか分かってないと思います。
半分もわかってないかな?
人の基本的な習慣された行動を感じなおすことで、人の在り方を、実際の生活の
在り方を見つめなおすことができます。
本を読むなら実際に体験してから読まれることをおススメします。

それでもかなりさまざまな気づきを得ることができました。
言葉なので、実際の自分の体験と照らし合わせて初めて気づけることが
できると思います。
わからなければ一緒にワークショップに参加しましょう。
といっても日本で一年に一度あるかどうがですけど。
僕はどくにでも行く覚悟でおります。
もっと覚悟がある人は外国までいっちゃってください。


この本ももう出版されていません。買うなら中古で購入してください。
英語が読める人は
「reclaiming vitality and presence
sensory awareness as a practice for life」
を読んでください。これは新たに内容が付け足された増刷本です。
僕は読めるようになろうとしてますが、残念ながら読めません。
これは今も出版されているみたいです。

また読みなおしたい一冊です。
もう少し自分が成長すれば新たな気づきを得られそうです。
貴重な本なので大切に扱いたいと思います。
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